338 男子は女子に学べ

 ドイツの有力紙「ウェルト」の7月14日の社説「男子は女子に学べ」は興味深い。

 そのなかで、ドイツ社会では製造業よりもサービス業が多くなり、サービス業には女性の方が向いているのもその要因のひとつだという。

 日本に置き換えてみると、男子の「草食系化」はサービス業の比重が圧倒的に高い近年日本社会のニーズに適っているからと云えるわけだ。

 結論すると、肉食系男子より「創造力とコミュニケーション力に優れ、行動に柔軟性のある」女性に類似する草食系男子の方が進化した形態だということで、ちょっと複雑な気持ち。
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男子は女子に学べ

 2日の本紙に、男子の学校での成績が女子に追い抜かれた、との記事が出た。根本的な原因として、学校が女性に握られていることが挙げられた。確かに、2010年の集計では、教師は2対1の割で女性が多い。このため、「女子に比べ、男子の扱いが悪い」と記事を書いた記者(女性...)は言うが、筆者(男性)の場合は、男性の教師が多い学校で学んだのに、女子の成績の方が良かった。 

 思春期にある11~15歳の男子は授業で、女子よりも我慢ができにくい面がある。女子の方が肉体的、精神的に男子よりも見たところ、変化にうまく適応している。男子は反抗的で、教師にも同級生にも不必要なほど歯向かっている。その結果、学校をおざなりにする。  

 男子は、宿題はサボり、言葉を覚えようとしない。命を賭けたように、電子機器に凝る。女子は知識欲があり、他人との意思疎通にも努める。意欲があるので、成績も上がる。学校が女子を優遇するのは、彼女らの努力の成果である。 

 女子にも思春期だけに神経がいら立つことはある。融通が利かず、移り気で、小生意気な点はあるが、口が閉じるヒマがないほど、意思疎通を図ろうとする。 

 7~10年生(日本の中1~高1に相当)の男子は、スポーツに熱心で、なかばプロのように練習に明け暮れている者もいる。女子は演劇グループをつくり、彫刻に励み、合唱団やオーケストラに入る。 

 スポーツは健康や性格づくりに必要である。しかし、創造力を養うには芸術の方が重要だ。女子の成績が良い別の背景である。バカげた暗記は昔の勉強のやり方で、今は創造的な授業が大事である。そこでも女子の成績が良い。 

 女子に比べ、学校や社会で男子が劣ってきたのは社会の動きとも関係がある。サービス部門の比重が1970年の48%から2009年には73%へと高まり、生産部門との逆転現象が生じている。テレビのコマーシャルを見ても、雄弁にお客に呼び掛けるのは、若い、元気に満ちた女性である。現代的なサービス社会で、仕事への要求は一段と女性化してきた。 

 学校もこの何年か、意思疎通の能力や問題解決に向けた創造力を大事にし始めた。ところが、男子は今も男性らしさを強く打ち出すことに縛られ、「ソフト・スキル」への適応を難しくしている。 

 米国でも適応力の強い女性の役員が多い企業は、男性ばかりの企業に比べ、倒産が少ない、との統計がある。サービス文化への社会の動きはもはや逆転できない。女性の参加を得て、男性らしさを生かすしかない。若い男性はより女性的にならなければ、成功はおぼつかない。男子は女子に学ぶべきである。

337 泥臭く専門家たれ。

昨日、日本のマイナー自動車会社、光岡自動車の「オロチ」というクルマの製作のビデオを見て度肝を抜かれた。ガツンときた。社主のこだわり、デザイナーの執念。そこに日本に少なくなった侍を見た気がした。

それから考えた。自分のショックの源泉は何だったのだろう。なぜこれほどの衝撃を受けたのだろう。しばらくしてわかった。それはぬるま湯に浸かり続けてきた自分にはおおよそ生み出すことのできない何かをそこに見たからだ。

過去十数年、つまり、この不動産仲介業を始めてからというもの、必ずしもビジネスに関し、真剣に取り組んでこなかった。今もそうだ。何の躊躇もなく、わき見運転、よそ見運転でテキトーに仕事をやり過ごしてきた。仲良しクラブ日比ビジネスクラブを組織してみたり、社員から批判を受けにくい社長という立場をいいことに、興味の赴くままに、必ずしも本業に関係がない、また儲けに程遠い事業をたくさん手がけてきた。しかしここにきて確信した。

 本業がちゃんとできない奴はだめだ。
 専門家として知識のない奴はクズだ。

だいたい、不動産仲介業者として、アヤラランド社とかイートンプロパティなどいろいろな開発業者から年間売り上げトップ企業だとか上半期で最多物件を売ったとか、何度か賞を受けてきたが、それが何だというのだ。

それよりも、お客さんの業務に関わる質問に対して即座に回答ができたのか、あるいは回答を保留したとしても、数日後にきちんと回答したか。もし専門分野において満足な回答ができなかったとするならば、そしてそこに知識に対するこだわりがなかったとするならば、そんな自分は本当に専門家といえるのか。

否、否である。

突然、50歳を過ぎてから行政書士の知識の必要性に目覚め、心臓発作による死の直前までテキストを開いていた懐かしい友のことを思い出した。

毎晩ネットのアニメに泥のように浸かったり、フェイスブックだのブログだのにはまり、新聞の切り抜きやランチの写真を掲載してみたり、こんな面白いビデオを発見した、皆どう思う?とか、誕生日おめでとう、とか。いいね3つとか。

バカ野郎。一体、こんな女々しいことを日本国男児がやってていいはずがない。この腑抜けが! 喝、喝!

俺たちの人生はお子様ランチじゃない。こども銀行の通貨をくらって生きてるわけじゃないんだ。商人(あきんど)なんだから儲けはうまくて当たり前、プラスアルファで社会に専門家として貢献せにゃあハナシにならぬ。

こんなんでは東北太平洋沿岸部で被災した人たちに申し訳がない。死んじゃった人たちに言い訳が立たない。

ということで心を入れ替えて、魂に気合を注入して、明日ではなく今日から頑張るのである。

336 猫語のわかる人間


猫を見かけると僕は、

「ゴロニャー」

筋道をクルマ運転中でもわざわざブレーキ踏んで、

「ゴロニャー」

すると猫がじっとこちらを見つめる。

重ねて僕は、

「ゴロニャー」


「ニャンだ、こいつ、もしかして人間のくせに猫語がわかるのかコンニャロー」

「いや、待て待て。・・・ニャーんだ。ただ音が似ているだけ」

「つまるところ、こいつは猫語に似た音を出すけれど、意味のない音の繰り返し。」

「そうそう。ニャンにもわかっちゃいない」

「ちぇっ、立ち止まって時間を無駄にしちまった」

「んだ。んだ。行こうぜ。角のおばさんちの猫飯の時間に遅れちまう」

「おうや。しかし、ニャンだなあ、最近は暇な人間が多くなったと思わないか」

「うん。あんニャ奴らにつきあっていると猫生(ねこしょう=猫の一生)棒に振るぞ」


猫同士の会話もまた浅薄なものでした。



今日も白々と夜が更けていくのであった。

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