マニラ新聞2011年11月19日付

ようやく・・・というところである。

これまで、アロヨ元大統領が訴追逃れ・逮捕逃れを目的に、退任直前に最高裁長官を任命してみたり、大統領経験者としては異例の下院議員になったり、大病と偽り、二度にわたり亡命を画策してみたり、なりふり構わず行ってきた工作の数々に義憤を感じていた者は多いだろう。極めつけはアロヨ大統領誕生の立役者となりその後もアロヨ政権を支え続けてきたレーエス元国防相の訴追中での自殺。

アロヨ大統領の父親、故マカパガル大統領は平民宰相と慕われた立派な政治家であった。その七光りを受けて政権についたアロヨ大統領は、エストラダ元大統領と同様フィリピンを食い物にした。

アロヨ大統領が政権にあったとき、英字新聞のあるフィリピン人コラミストが皮肉な論評を載せていた。

「フィリピン人はうそつきである。なぜなら大統領がうそつきだからである。よってフィリピン人は皆うそつきである。」

同国民による痛烈な批判。

エストラダ氏に続いて、アロヨ氏。2期連続で大統領が汚職で逮捕収監されるという醜聞。

特にアロヨ元大統領に関しては、

父親故ディオスタド・マカパガル大統領の栄誉を汚し、フィリピン国民の名誉を汚し、政権を支え続けたレーエス元国防相を死に追いやった。またあからさまな大統領選挙不正で、自身が大統領に当選。落選し、失意のまま脳梗塞で死亡したフェルナンド・ポージュニア元大統領候補という犠牲者のことも忘れてはならない。

今日、多くの直接的犠牲者の遺族らが、アロヨ逮捕というニュースを犠牲者の霊前に報告するはず。

彼女だけがぬくぬくと生きていてよいはずはない。