2003年08月

92  久しぶりに残業ではないが・・・


 久しぶりに残業というわけでもないが、社員が退社した後の職場にぽつねんと居残ってみた。今日も予定していた仕事の半分も消化できなかった。今日のようにアポイントメントで外出などすると、それだけで、3、4時間は軽くつぶれてしまい、さて、一日、何をやっただろうかという気分になる。

 昔、ある先輩が「女だけは心して作れ。家庭がガタガタになるだけでなく、仕事以上に時間が食われるぞ」と云っていた。不幸にして、女は作り損ねたが、日比ビジネスクラブなる団体をこしらえた結果、これに大層時間が食われる事態となった。実際、今日の仕事のメニューを見ても、クラブの活動が4割にも及ぶのである。

 では、それを一切やめてビジネスに集中してはどうかとも考えるのだが、どうせ集中力は長くは続かず、そのうち何かくだらぬ遊びにうつつを抜かすのが関の山。ならば、コミュニティー活動に勤しんだ方がまだまし、と思い直すのである。

 子供にしても、団体にしても、そしてビジネスにしても、ひとつのものを生み育てるのに何年もかかる。しかもこれらは墓場には持ってゆけないものばかりだ。

 齢40を過ぎると、「生きがい」とか「生きる意義」だとか、よく考えるようになる。私がそれに悩んでいるところで、30代のフィリピン人女房は、「今のうちに墓地を、私たち夫婦と兄弟姉妹のために買いたいの」などと、ボサッと云うものだから、無性に腹が立つ。
 「お前な、人間も他の生き物も、死んだら何の意味もないの。俺は墓などいらねえ。俺の骨は焼いて、庭にでもぶちまけてしまえ!」
と怒鳴ってしまうのである。

 私にはまだ「死への恐怖」はないが、「生きているうちが花」という考え方には賛同できる。死後の世界などどうでもよい。「生きているうちに何を遺すか」は気になるのである。
 
 トラは死んでも皮を残すが、人間の皮は・・・うーん。不気味だ。ここで、我々人間は、本来、芸術や学術、ビジネスににおいて著作や業績を残すべきものとかっこよく述べてみたいが、そんな能力のない私のような凡人は一体、何を残せるのだろう。

 フィリピンで出会った先輩諸氏は皆、口をそろえて言う。
 「何を云っているんだ。フィリピンで遺すべきは<子供>に決まっているじゃないか。日本と違って養育費が安いんだから、できるだけ多く交わって、たくさん作れ!」。
私はそれに反論して、
 「それだと、イヌやネコと変わらないんじゃないの・・・」
すると、
 「当たり前だ、俺たちも動物なんだから・・・」
とこう来る。
 「・・・・・・」
 我家のラブラドールと雑種犬と同じ方向に首を傾げながら、
 「うーん。ダーウィンの『種の起源』の前では、所詮、こいつらと一緒なのかー」
 それでも、納得できない自分なのであった。
 

91-2 クーデター未遂事件の考察?

政治家の関与
 28日には、エストラダ政権下で官房副長官であったラモン・カルデナス氏が、反乱に関与したとして、逮捕された。逮捕のきっかけとなったのは、反乱将校らがマスメディアに公開した声明ビデオであり、そこに映し出された部屋の風景からその民家が元官房副長官の家であると特定された。さらに、カルデナス氏宅に入った捜査官らは、反乱軍が身に付けていたのと同種の腕章や銃火器など多数の証拠品を押収した。さらに、エストラダ大統領の愛人名義であったサンファン市の民家にも同様の証拠品が見つかり、やはり反乱軍の隠れ家として利用されたことが発覚したとのこと。よって、今回の武装蜂起にエストラダ前大統領が関与しているのは間違いなさそうである。
 また、今回の反乱ではホナサン上院議員の関与も濃厚である。ホナサン議員は今回反乱を起こした兵士を含む若手将校らと6月に密かに会合を持ち、自らが起草した「国家再建計画」実現のために武力行使が必要であるとして、彼らに血判を押させたという。これは、血判を拒否し反乱に加わらなかった兵士の宣誓供述によって、明らかになった。
 今回は、上院に国家安全保障委員会、下院に国防委員会、また国会外には独立調査機関が設置され、反乱事件の全容解明に当たっているが、いまだ50名の将校が行方不明の現状では、調査以前に、防戦がせいぜいであろう。

アロヨ大統領の国軍の不満解消のための対応
 さて、国軍内部にはいくつもの派閥が存する。これが、アキノ政権以来、国軍反乱やクーデター計画実行の中心的役割を果たしてきた。アロヨ大統領はマラカニアン宮殿に、反乱前の7月23日には、士官学校94-95年卒、反乱後の8月6日には、89-90年卒、8月8日には87年卒の若手将校を招いて夕食会を催している。
 23日の夕食以来、参謀総長など国軍幹部が招かれていないことから、アロヨ政権は、国軍若手将校の不満を解消し、政権を維持安定させるための方策として、兵士の「待遇改善」に取り組む一方、「国軍汚職幹部の追放」に乗り出す構えがあると推測される。
 しかし、若手将校らが、国軍汚職の張本人と名指するレーエス国防長官が、アロヨ・クーデター政権誕生の立役者(エストラダ政権時、参謀総長の立場でアロヨに寝返った)であること。また、アロヨ大統領自身、夫の汚職疑惑について連日のように報道されるなか、アロヨ政権による国軍の汚職追放策がどの程度、説得力と実効力をもつのか疑問である。おそらく、今回も将校の待遇をほんの少しだけ改善し、国軍幹部のごく一部を切り捨ててお茶を濁して決着し、兵士の不満はくすぶり続けるに違いない。

クーデター事件再発の可能性
 さらに、7月27日に発令された「反乱状態宣言」は8月8日の時点で解除されていない。今回投降したホテル占拠者以外の行動隊(地方空港やマスメディア占拠予定していたという)など反乱軍残党が将校だけでも約50名、行方不明のままであるというのである。よって、彼らを逮捕拘束しない限り、27日の反乱事件の幕引きはない。

 さて、今後も、国軍内や政府野党勢力によりクーデター騒動はありうるだろうが、それが成功する可能性は極めて薄いと考える。
 なぜならクーデター成功には、大義名分として、国民の支持が必要であるが、来年は大統領選挙が控えていて、国民の大半は敢えて、力ずくでアロヨ大統領を政権から引きずり降ろす必要はないと考えていること。また、国軍内での同志勧誘の際に、どうしても反乱計画が事前に漏洩し、計画通りの反乱遂行が難しいこと。また、兵士のほとんどが携帯電話を持っているため、ひとりひとりの現状把握が容易であり、これも反乱兵による情報操作にネガティブに働くだろうと考えられるからである。


再発防止策
 

 不満兵士の直訴はわかるが、上述の理由により、現政権がレーエス国防長官を取り除くことは難しかろう。また、国軍兵士の待遇改善を行うべき予算は政府にはない。マルコス家の不正蓄財6億ドル余がスイス銀行から返還されて利用できるというが、その時期は不明である。であれば、フィリピン政府は米国政府から猛抗議を受けるだろうが、ここはこらえて兵を引き、国内武装勢力と和平を画策すべきである。そうすれば、兵士をこれほどまで追い込むことはなくなろう。
 もちろん、軍人上がりのラモス元大統領と異なり、軍人統率力に乏しく、しかも投票によってではなく、クーデターによって樹立されたアロヨ現政権が、同じようにクーデターを決起した彼ら兵士に対し、厳罰に処すことは、政権基盤が揺らぐばかりか、天に唾するようなものであり、絶対にしてはならない。よって、私は、アロヨ大統領はしばらく頭を低くして、この場をやり過ごし、厳しいとは思うが、次期大統領選挙に備えるか、あるいは名誉の引退を選んで、後継者の擁立に甘んじ、大統領経験者の一人として、長老の末席に鎮座するのが得策のように思える。


 8月11日に、アロヨ大統領は事件の全容が解明されたとして、「反乱状態」宣言を15日ぶりに解除した。同時に、クーデター成功の暁には軍事政権樹立の長に君臨することになっていたホナサン上院議員を書類送検した。(8月12日書込)

91-1 クーデター未遂事件の考察?

2003年8月9日(土) 
 
 3ヶ月もの間、当コラムをご無沙汰していて、個人的には小さな変化があるにはあったが、別段、取り上げるほどのことはなかった。しかし、今回勃発した国軍将兵によるクーデター未遂事件については、私自身が86年の2月政変を機にフィリピンで生活するようになったひとりであることから、その事実関係を整理したうえで、記録に残し、私見を陳べることが肝要であろうと考え、筆をとった。 --------------------------------------------------------------------------------

クーデター計画の発覚
 7月26日(土)午後8時ごろ、突如、アロヨ大統領は、緊急記者会見を行い、陸海軍の若手将校20名含む国軍のグループ約70名が重武装のまま行方不明になっていると言明した。さらにアバヤ国軍参謀総長は国軍内部のグループにクーデター計画が存在し、彼ら70名に逮捕命令が出ていると述べたことから、フィリピン社会に緊張が走り、慌てた市民らはスーパーで食料品を買い漁った。

 その数日前の22日(火)には、国軍内に不穏な動きがあるとして、国軍では最高の警戒レベル3の厳戒態勢を敷いていた。翌23日(水)には、アロヨ大統領が、士官学校94-95年卒の若手将校77名をマラカニアン宮殿に招いて夕食会を催した。その席で、将校らは、兵士の待遇改善を直訴したという報道があったばかりで、大統領自身による国軍不満分子への調停工作が不調に終わったことを示唆させるものであった。また、会合にはレーエス国防長官が招かれていないことから、武器の横流しや資金流用など国軍幹部による汚職についても言及された模様であった。

 24日(木)には、28日に予定されていたアロヨ大統領の施政方針演説に先立って、エストラダ前大統領が獄中から「施政方針演説」を行い、アロヨ政権の無策を批判し、改めて自らが正規の大統領であることを強調したという。

国軍将兵の反乱の実行と失敗

 そして、27日(日)未明、「マグダロ・グループ」と名乗る離反兵の一団は、マカティ市の高級コンドミニアムホテル、オークウッドに乱入し、宿泊客を一時軟禁、同時に、ホテルを取り巻くショッピングモールの各所に爆発物を仕掛けて、武装兵を配置し、正規軍の攻撃に備えた。そして、マスメディアを通じて、政府や国軍上層部の腐敗ぶりを暴露、アロヨ大統領とレーエス国防長官の辞任を要求するとともに、志ある兵士は我らに続けと、国軍兵士にメッセージを送った。

 一方、反乱軍に占拠されたオークウッドホテルとグロリエッタ・ショッピングモールを所有するアヤラ財閥は、89年のクーデター未遂事件(7日間に亘り、ホテル日航マニラガーデンが占拠され銃撃戦になった)のように、施設内外で決して銃撃戦を行わない旨、政府に強い申し入れを行ったという。そこで、アロヨ政権は、反乱軍兵士に対し、期限つきで投降を呼びかけ、さもなくば総攻撃をするとの通告を行った。それから、数時間。反乱軍には、国軍から新たに離反者が加わることなく、反対に多くの反乱兵が投降に応じたことから、反乱軍は徐々に無力化。政府も投降期限を午後5時から、7時、無期限へと延長する柔軟姿勢で対応して説得を続けた結果、同日10時には、中心メンバーがすべて武装解除に応じて投降し、事件は20時間ぶりに解決した。
 実は反乱軍と対峙した正規軍のどの兵士の銃にも実弾はこめられておらず、よって、彼らには武力攻撃を行う意志はないのだということを予め携帯電話のテキストメッセージにて伝えてあったという。

 流血なく国軍将兵の反乱事件を解決したことから、アロヨ大統領は28日(月)、予定通り、下院で施政方針演説(SONA)を行い、テロ事件を遺憾としながらも、現政権の各政策の成果を強調して見せた。

フィリピン国軍将兵の待遇
 アロヨ政権によると、事件を起こしたのはいずれも士官学校(Philippine Military Acadamy)1989年~90年代卒の30代前半までの若手将校70名を含む国軍将兵296名。現在でも拘束中の主要メンバー10人のうち、スポークスマンを務めたトリリャネス海軍大尉(32)は1995年に士官学校を主席で卒業し、その後、フィリピン国立大学院に在籍して、修士論文では国軍の汚職を告発。その妻もまた士官学校97年卒の現役将校という軍人一家である。

 士官学校を卒業して数年の若い下士官や将校らは、特に危険のある国内戦場の前線に立たされることが多い。国軍参謀総長だったラモス大統領は、国内武装勢力に対しては、懐柔策と和平政策をとったため、その施政下で激しい戦闘は少なかった。
 しかし、俳優上がりのエストラダ大統領に代わって、アクション映画よろしく、イスラム(MILF)や共産武装勢(NPA)に対して、全面対決姿勢で臨んだこと。また、アロヨ政権も米政府に同調してその強硬路線を継承したことから、両政権の下、士官学校90年以降卒業の若い将校に多くの犠牲者が出るようになった。毎年わずか130名前後しか輩出されない全寮制の士官学校では、共に生活をし、訓練を受ける同期生や先輩、後輩の関係は実の兄弟以上のものである。そんな仲間の命が、歯の抜けるように失われていく。しかも、対峙する武装勢力の武器弾薬が国軍からの横流し品であるとなれば、彼らでなくとも怒り心頭に発するだろう。また、戦闘参加の兵士にも支給される軍足は年1足で、穴が空いても代替品はもらえない。壊れて使えない無線機。米国から合同演習の度に贈与される最新鋭の装備は、横流しにより、いつのまにか軍倉庫から消え、彼らの戦闘に供することは決してない。前線の兵士が10年勤務して月給9千ペソ。士官学校を卒業して10年以内の将校で月給2万ペソ足らず。政府のために命を掛けて闘いながら、例えば住宅ローンすら容易には受けられない。落命しても遺族への補償は新車一台買えないほどのものであること、など等、正常な人間なら誰でも我慢の限界を超える状況であるとわかる。
 
国軍内の対応
 反乱当日(7月27日)の深夜、カビテの海軍基地の兵士宿舎では、突然、就寝中の兵士らは叩き起こされて、反乱勃発を告げられ、同調兵士によって、飛行機や軍艦が略奪されないよう、これらを戦車やバリケードで取り囲むとともに、武器火薬庫の厳重警備が求められた。また、基地内の兵士の携帯電話には、反乱軍から、反乱に加わるようしきりに勧誘の呼び出しやテキストメッセージが入っていた。これに同調した兵士が反乱軍に加わるのを阻止するために、一部軍車両のタイヤに穴があけられ、走行不能にされたという。
 今回のクーデター事件では、ショッピングモールにおいて、反乱軍によって飲食料品の他に多数の携帯電話プリペイドカードが略奪されたが、これは同志を勧誘したりするのに使用されていたわけである。


             91-2に続く→
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