2004年05月

108 二人のジャーナリストの死

 イラクでフリージャーナリストの橋田信介氏と小川功太郎さんが襲撃を受けて殺された。その二人の妻や母親の記者会見の姿は立派であった。橋田氏の妻は、

 「自分は覚悟していた。本人も覚悟しているはずなので、本望だと思う」と気丈に語った。

 真実の報道のために、戦場ジャーナリストの存在は貴重である。そして、彼らはしばしば殺される。そして彼らには死への覚悟がある。死への覚悟のない者は戦場へ赴くべきではない。また家族にその覚悟がなければ本人は行くべきでなく、また家族は行かせてはならない。その意味で一月前に人質になった3名とその家族の場合とは趣がまるで違う。彼らの家族の場合、「自衛隊即時撤退を」と政府重要政策の変更を迫るなどをしたものだから、政治運動のための「自作自演」ではなかったのかと疑われても仕方がない会見だった。いずれにしても彼らのような身勝手な人間に国を語り、他を批判する資格など微塵もない。

 今回の二人のジャーナリストの場合、やはり殺された大使館員奥氏や井上氏同様、意味のある「死」であり、「生」であった。私は深く敬意を表したい。あなた方こそ「職業人としての責任感」と人間としての「良心」を私たちに示してくれる方々である。

 自衛隊を「派兵(派遣ではない)」した時点で、日本人も彼らの明確なターゲットになった。日本では派兵に反対の声もあったが、国民が選んだ代表者らは派兵を決定した。それを決定した内閣の支持率もそこそこで、派兵は日本国民の「総意」であると言ってよい。

 さて、イラクとは比べものにならぬがフィリピンも日本に比べるとまあ治安は悪い。最近の日本と同様、アルカイダやそのシンパも潜伏しているようである。そんななか、「誘拐」もそれほど難事業ではないだろう。日本人の私たちが彼らに誘拐されると国益を損ねる可能性がある。だから不用意な行動をしてはならない。そういう自覚をもって私も生きている。そして殺された二人のジャーナリストほど鮮明にではないが、「死」を見つめながら生きている。

 そうでない者はイラクへ派兵をしている日本やフィリピンから直ちに立ち去るべきだ。できれば日本国籍も捨ててもらいたい。民族の繁栄や平和と安全を所与のもの、つまり、はじめから与えられたものと勘違いし、それにただ乗りしながら自己の権利ばかりを主張する者たち。

 戦後60年。偏向したマスメディアや教職員組合のために日本人の良心と活力、そして日本の国力は急速に失われつつある。戦争というものの本質を知る昭和一ケタ台の人々が社会の第一線から退いた後の日本は一体どうなるのであろう。

107 雨ニモ負ケズ

 宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」の詩では「丈夫な体を持ち」のあと「あらゆることを自分を勘定に入れず」と続く。従って、この詩に謳われていることは、肉体的・精神的に丈夫でありたい。そうすれば人の世話にはあまりならないで、できるだけ人の世話をすることができる、という無私のコミュニティ活動の精神そのものと言ってよい。

 私の夢とは、老後、誰か若い人の小使いにでもなって、あるいはゴミ拾いをするなど社会に小さな奉仕しながら生かしてもらって、ある日、ポックリと逝くことである。その意味では宮沢賢治の「雨にも負けず」の精神と寸分違わないのであるが、それは50代以降、つまり出家後、今で言えば退職後のことだ。それを実践する勇気はまだない。従って今の自分は、宮沢賢治つまみ食いで、「雨にも負けない、暑さにも負けない丈夫な体」だけがほしいのである。

 最近、二つの仕事を掛け持ちしていると一日24時間のうち、16時間も働いていることになる。移動の時間をゼロとしても8時間しか自由時間がなく、その間に睡眠も摂らなくてはならない。

 私は子供の頃から読書など夜更かしが好きで、最近まで、睡眠3、4時間で平気だった。ナポレオン睡眠だと豪語もしていた。ところが、16時間も働いていると4時間の睡眠では足りず、朝、寝過ごしてしまうのである。さらに驚いたことには日曜日など8時間就寝してもまだ寝足りない。寝ても寝てもそれこそ、何時間でも寝られるのである。こんなことは私の人生の中で初めての経験である。

 睡眠を要求しているのは脳である。その脳が生まれて初めて(幼少の頃はともかくとして)8時間もの睡眠を私に要求している。これまでの少ない睡眠時間では体が持たないと判断して、長時間の睡眠を命令しているのだ。ということは、「これまで生きてきた私の43年間というもの。起きている時間、つまり覚醒中、力一杯仕事、活動をしてこなかった」ということではないか。そのことに愕然とするのである。

 ともあれ、ここで倒れるわけにはいかない。ということで、やはり丈夫な精神と肉体だけを切望するものである。しかし、初心忘れるなかれ。私は将来出家して托鉢僧のような生き方をするのだ。とりあえず「雨にも負けず」の全文を「自分のために」記しておこう。

      「雨ニモマケズ」

 「雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫なからだをもち、慾はなく、決して怒らず、いつも静かに笑っている、一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ、あらゆることを自分を勘定に入れずに、よく見聞きし分かり、そして忘れず、野原の松の林の陰の小さな萱ぶきの小屋にいて、東に病気の子供あれば行って看病してやり、西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い、南に死にそうな人あれば行ってこわがらなくてもいいといい、北に喧嘩や訴訟があればつまらないからやめろといい、日照りの時は涙を流し、寒さの夏はおろおろ歩き、みんなに木偶の棒と呼ばれ、褒められもせず、苦にもされず、そういうものに、わたしは、なりたい。」


5月28日書込
 とはいったものの、ここ数日、以前同様4時間以上寝ていると夢を見始め、つまりレム睡眠に入り、暫くして覚醒してしまうため、それ以上の時間の睡眠が不要になってきた。体も元通り元気になり、疲れが翌日に持ち越されなくなってきた。なーんだ。結局、新しい仕事に手を染めて精神的に負担がきつかっただけのことか。うう、反省がない。

106 北朝鮮拉致問題についての小泉首相の評価


 最近、読売新聞衛星版をよく読み、NHK、BS1をよく観るようになった。結果、以前にも増して日本の情報が飛び込んでくる。しかし、より多くの情報をこねくりまわしたとしても、分析結果はさして変わるものではない。

 5月22日、北朝鮮拉致被害者のなかで、地村氏と蓮池氏両氏の子供たちは来日が実現した。曽我さん一家は父親が元米国兵で訴追のおそれがあったため、来日できなかったが、米国と話がつけば、どこかで合流できるだろう。行方不明の10名については、再調査するという約束だけはとりつけた。

 日本国首相自ら北朝鮮に拉致被害者家族を引き取りにいくという異例のやり方による大成果であると私は評価したい。

 けれども拉致被害者や家族の会見を見ていて、落胆した。日本人の国際感覚の乏しさをまた実感した。

 まず、地村・蓮池両氏はまずは喜びを露わにすべきである。彼らのたった一つの願いが適ったのだから、それを素直に喜び、小泉首相に対し感謝の意を表明すべきであった。また、曽我ひとみさんは、彼女の家族が来なかったことに日本国政府に非はなかったのだから、不満を露わにすべきではない。自分の落胆の念を押して、地村・蓮池両氏に対して、自分の問題も直ぐに片付くから、私に構わず喜んでほしい。それを実現した日本政府を評価してほしいとと会見で述べるべきであった。

 国民がそうでなければ本当の政治家=ステイツマンは育たない。

 小泉首相が今回成し遂げたことは歴代首相の誰も適わなかった偉大なことである。日本は太古の昔から50年前まで、当たり前に中国や朝鮮から一家全員を「拉致」し、日本で「強制労働」させてきた。今でも中国から「強制連行」された人々が三井炭鉱における強制労働を巡って裁判をしている。北朝鮮がやっていることは、少し前までの世界の常識である。歴史を紐解くまでもなく分かりきった事実である。
 そんななか北朝鮮の非を認めさせて拉致被害者だけでなくその家族、行方不明者の捜索を求めることがいかに困難なことか。それが分かっていれば、小泉首相を評価できないはずがない。

 政府としては北朝鮮経済支援というカードでの取引しか方法がなかったはずだ。それすら困難な状況でよくやったを讃えるのが正しい評価というものだろう。

 それにしても日本国がまだ比較的豊かであるうちにこのような国際間の無理難題を決着させておかなければいけない。金で解決することができるのも今のうちである。

104 米国兵の狂気

 バグダットの旧アブグレイブ刑務所で起きたイラク人捕虜虐待事件、これはあってはならないことだ。事実関係を徹底調査したうえで、関係者に対し厳正な処分をすべきことは当然のことである。

 しかし、反面、私はこの事件にほっとしている。

 私は『人間を極限まで追い込むべきではない。人間は極限状態においては本能で行動するしかなく、理性を働かせる余裕がなくなる』と考える。
 
 戦争は日々死と隣り合わせの極限状態である。白兵戦において理性など無用。ただ自分が生き延びるために相手を倒すだけの世界である。

 交戦状態にあるその地で、兵士が自分を死の恐怖に追い込んだ敵、けれども生きて捕らえられた敵兵を憎み、殺された仲間の仕返しに痛めつけようと考えるのは極めて自然なことである。

 むしろ、身近な死に対して、人の痛みに対して無感情になることの方が怖いと思う。

 第二次大戦中のユダヤ人強制収容所における映画をいくつも観た。労働中のユダヤ人を高台から酒を飲みながら無差別にライフルで撃ち殺す。行進中のユダヤ人の歩を止めて、ランダムに何人かを選び出し、その場で至近距離から拳銃で撃ち殺す。そして、残ったユダヤ人は何事もなかったように労働を続け、また行進を始める。なぜその場で抵抗しないのか。まるで遺伝子連鎖への本能である「生への意欲」を失ったかのような光景だった。

 ナチスは捕虜を非人間として扱った。でも米国兵は捕虜を人間として扱い、痛みを与え、死を与えたのである。仕返しをしたのである。

 私は人間が理性を失うべき戦争というものを行うべきではないと考える。米国はベトナム戦時の事故をイラクで繰り返していることから、極限状態においてこれまでの学習や反省、規律でさえもまるで役に立たないということを如実に示してくれた。

 私は人に自らを愛しみ、仲間を想いやる感情がなければ、人間としての価値はなく、生きている甲斐がないと思う。

 旧アブグレイブ刑務所の事件は人々に反戦、イラク終戦への気持ちを高めるのに役に立つに違いない。

103 フィリピン選挙で驚いたこと


 フィリピン統一選挙が終わって、3日が経過した。そして、邦字誌、英字紙における大統領選の中間発表では開票率わずか3、4%というから、結果が出るのに100日掛かる計算だ。フィリピンの人がお釣りを数えるのはこんなに遅かったかな?と首を傾げざるを得ない。というのは冗談で10日程度で結果が出るそうである。接戦だと1ヶ月というところか。

 けれども新聞を見直してみて、また驚いた。開票途中経過を出しているのはコメレックという正式の選挙管理委員会ではなく、ナムフレルと呼ばれる市民選挙監視機関である。「あれ?コメレックはどうなったんだろう?」不思議に思ってジャーナリストの方々に電話で聞いてみた。すると、

 「知らなかった?フィリピンの大統領と副大統領選挙の当選者は議会の承認を経てしか発表できないことになっていて、その間、中間発表もできないんだよ。」
 「でも二、三年前の上院議員選ではコメレックも中間発表をしていた記憶があるのだけれど」
 「そうそう、上院議員も下院議員も中間発表は構わない。正副大統領だけがだめなんだ」

 なるほど、結構、私の知らない大事なことが多いものだ。
 でも、マルコスとアキノの選挙の時にはコメレックとナムフレル両者大統領選挙の中間発表を競い合っていた。とするとマルコス後にこの禁則ができたということだ。しかし、中間発表をしないで、1ヶ月も2ヶ月も国民を待たせることは80%以上の投票率を誇るこの国において得策であるとは思えない。それどころかそんな禁則は民主的システムであるとは到底思えない。
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