2004年07月

132 「人道支援」を政治に利用している国

 昨日7月28日、アフガニスタンにおいて26年間、医療支援をしていた「国境なき医師団(MSF)」が現地における安全確保が困難になったとして、撤退を表明した。

 CNNの報道によるとMSFの声明では、「米軍を中心とした部隊が、人道支援を<政治的かつ軍事的な目的で>利用していると指摘。それにより、軍事活動と救援活動の境界があいまいになり、我々の活動を危険なものにしている」と非難したという。

 アフガニスタンではイラクと同様、米国軍を中心とした外国人部隊2万人、NATO軍6千人が治安に当たっており、今後、タリバンやアルカイダなどの武装組織は外国部隊や支援団体を攻撃すると宣言しているという。

 さて「人道支援」とは、いつから『他国へ侵入しインフラ、教育、医療施設等を爆撃で破壊し、市民生活を破壊した武力行使国がその行為を正当化し他国の協力を得るためにNGOや政府組織を動かして生き残った市民に対して施す諸活動』をさす言葉になってしまったのか。

*1979年からアフガニスタンで医療支援を行ってきたMSFは、今年は80人の外国人医師と1400人の現地スタッフで活動を続けていた。しかし今年6月3日タリバンとみられる武装団に襲撃を受け、5人のスタッフが殺害された。これによりMSFの活動は停止を余儀なくされ、今回の撤退声明となった。
 MSFは2002年にもオランダ人活動家がロシア連邦で誘拐され、ロシア政府とオランダ政府が交渉に当たっていたが、結局オランダが多額の身代金を立て替えて今年4月に20ヵ月ぶりに開放された。報道によると武装組織が身代金として要求した100万ユーロ(約1億3600万円)のうちMSFが用意できたのは25万ユーロで、残りはオランダ政府が立て替えた。MSFがオランダ政府の立替分の75万ユーロの払い戻しを拒否して抗争になっている。
 武装組織に対して支払われたこの多額の身代金で、またたくさんの武器弾薬が購入され、さらに多くの市民の生命、財産が奪われ、怪我をした人々をMSFが治療することになるのだろう。21世紀の人道援助活動は、窮地に追い込まれた武装組織が人道支援家や外国人労働者を襲撃や誘拐のターゲットにすることを覚えたために苦境に立たされている。

131 「ドーハの悲劇」

 1994年サッカーW杯の一次予選、日本対イラクの試合で起きた「ドーハの悲劇」はイラクにとってもひどい悲劇であった。

 日本はW杯悲願の初出場をかけて強豪イラクに挑み、2対1で勝利目前のロスタイムにイラクに同点ゴールを許して夢は潰えた。
 
 この「ドーハの悲劇」。イラクにとっても格下のはずの日本を相手に不覚にも引き分けた試合であり、帰国した選手にはひどい拷問が待っていたとのこと。あのまま敗れていればゴールキーパーは殺されていたかも知れない。イラク選手は決死の同点シュートを放ったのであって、引き分けに終わったあの試合はイラクにとってもまさに「ドーハの悲劇」だったわけである。

 このほどサダム・フセインの長男、ウダイ・フセインがオリンピック委員会会長だった頃にオリンピック選手のための「強化策」に使用したという拷問の道具の写真が公開された。中世欧州に立ち戻ったかのようなおぞましい拷問器具の数々を見ていて、フセインがその恐怖政治をスポーツにも応用していたのだと改めて思い知らされたのである。

 最近、BS1ではアジア杯サッカー予選中継をやっている。昨晩はイラク対サウジアラビア戦。試合は既に後半戦、1対1の同点の場面であった。母国が戦後のどさくさのなか満足のいく練習などできるはずもなくイラクはさぞかし弱いチームだろうと思っていた。ところがどっこい。私が見ている前でイラク選手が鮮やかに勝ち越しゴールを決めてア杯2次予選進出を果たしたのである。

 「ドーハの悲劇」では引き分けてもひどい拷問が与えられた。当時W杯サッカー協会会長でもあったウダイ・フセインは大統領府直属の軍隊2万人の指揮官として弟クサイ氏と並んで残忍な指導者と国民から恐れられていた。

 国家や企業、チーム、団体の統治形態にはいろいろある。昨日のイラク勝利の試合はイラク人が拷問や抑圧なしでも強くなれるのだということを内外に示したことだろう。

 私は多国籍軍によるイラク侵入は大きな過ちだったと思うが、フセイン政府を打倒し、残虐なプリンス2名を殺害し、サダムを捕らえたことだけは、一部のイラク人にとっては評価されよう。けれども国家国体を作るのは国民自身であるべきであって、他国の軍事介入を招いたイラク人はよっぽど腰抜けだと思う。暫定政権樹立後も一向に治安回復の兆しをみせないのはそのことを如実に物語っているとはいえまいか。

 デモクラシーを自国民の手で勝ち取ることのできなかったイラクの夜明けまだまだ遠い気がする。

130 死胎と死体

 「死胎」という語を聞いたことがありますか。恥ずかしながら私は一昨日新聞で初めて目にしました。

 「横浜市の産婦人科が妊娠12週以上の中絶胎児を一般ごみとして捨てていた疑いがある・・・・」
 「墓地埋葬法は妊娠12週以上の中絶胎児は死体として扱うように定めており、火葬・埋葬することになっている。・・・」
 「・・中絶胎児の手足を切断し、一般ごみとして捨てていた、との情報が市に寄せられた・・・」

                 (7月21日付日刊マニラ新聞第6面 -共同通信の編集ページにて)


 人工中絶ができるのは法律では妊娠21週目までと決まっているそうです。12週目を超えると「死産届」「死胎火葬埋葬許可証」が必要になるとのことで、病院やクリニックでは12週目までの早期中絶を勧めているようです。
 また、費用的にも病院によっては12週目までは10万円で済むところが13週目からは21週目までは15万円以上になるとのことで早い決断を求めています。

 その決断というのは殺人といえるでしょう。つまり墓地埋葬法では妊娠4箇月(つまり12週)以上の「死胎」を「死体」として扱うとのこと。妊娠13週目から21週目までに掻爬されると「死体」となる。要するに殺人依頼人たる父母がいて、殺人請負人である産婦人科医がいるから死体が出るのです。

 日本はおぞましい国ですね。私にとって胎児も人間です。ですから中絶による届けは「死産届」ではなく「胎児殺人届」のことですね。「死体」を「死胎」と言い換え区別することによって良心の呵責を少しでも避けようという立法者の気持ちが伝わってきます。

 理由なく21週目までは妊娠中絶ができるのは日本だけだそうです。なぜ21週目までかというと22週目以降だと母体外でも保育器などで生存する可能性があるからで、その前だと生存の可能性がないから良いとの解釈です。でも医学技術の革新は日進月歩。21週目前でも生存する可能性があるはずです。母体保護法(旧優生保護法)の改正を叫ばないのは、国民と医師の怠慢と倫理の欠如です。

 日本で出生数が110万人、死亡数が100万人を超え同数に近づいています。ですから人口減少まであとわずかなわけです。一方、人工中絶で殺される胎児は年間30万人。中絶がなければ日本の人口は年間20万~30万人ずつ増えていくはずなのに行政は法律にメスを入れないわけです。だから日本は少子高齢化が進み、社会制度が破綻し、国力と民族が衰えていくのです。

 フィリピンではカトリックの影響で、法律ではレイプされようが何しようが人口中絶は殺人であるとされ手術すれば母親も医師も処罰されますし、売春婦でない限り、ゴムなどを使った避妊すら好ましくないと考えられています。こちらは極端といえば極端なのですが、フィリピン人世界征服計画〔当コラム7月19日125参照のこと〕のためにはやむなしと思います。

*「Delivery only P3,000」
 人口増加率2.36%のフィリピンでは子供がガンガン産まれます。私は学校では「デリバリー」という英語を「配達」としか教えてもらいませんでした。広告の意味は「出産費用たったの3千ペソ(約6千円)!」ということで産婦人科クリニックの広告でした。それにしても安い。健康な日本のお母さん。二人目はフィリピンで出産してはどうでしょう。健康な日本のお父さんは言われる前にフィリピンで二人目を・・・。

129 パソコン自作機

 イラクで人質になっていたアンヘロ・デラ・クルスさんの解放でフィリピン中が湧き立つ中、私はせっせとパソコン製作に勤しんでいた。4日前に作ったパソコンの修理をしていたのかって?ではなくて、別のマシンを組み立てていたのである。

 というのもこの間、初めて組み立てたパソコンはレストランにおくいわゆるインターネットカフェ用マシンということで、スペックのそれほど高くないものだった。これがうまく作動して大喜び。これに味をしめたので、今度は自分の仕事用のもっと処理速度の速いマシンに挑戦しようと思い立ったのである。

 そこで部品屋に飛び込んで、ほしいものをひとつずつ見繕ってもらった。予算オーバーする部品はあとで買い足したり、買い換えることができる。それが自作機のいいところである。パソコンはマザーボード(母基盤)、プロセッサー(演算回路)、ハードディスク(記憶装置)、メモリー(一時記憶装置)、ディスプレイ(受像機)から成り立つ。それにプログラムを読み込む装置としてフロッピードライブ、CDドライブやDVDドライブなどがある。以前は〔116〕にてご説明の通り、バラバラだったその他の回路が最近ではマザーボードにビルトインされているため、作業が大幅に簡素化された。

 組立に所要したのは約2時間。前回とはマザーボードやケースの形状などが異なるため、一瞬戸惑ったがなんとか突破。また基本ソフトの組み込み方式が前回通りにはいかず、こちらも手間取ったが何とか夜中まで掛かってやり遂げた。前回と同様、途中で不明な部分は、ADSLという高速回線でインターネットに接続して、先輩方の自作機の作り方のコラムを参考に解決し、前に進むことができた。

 パソコン製作、これが結構、面白くて病み付きになりそうである。誰か私にパソコン製作を頼んでくれませんか?

 *マニラにはパソコンの部品屋が結構ある。でもパソコンケースはいわゆるミニタワーやブック型といわれる小型のものはないし、日本に比べると圧倒的に部品の種類も少ないし、値段は割高です。さて、小さいケースに需要がないのは大きいケースに比べて盗難の危険度が高いからでしょうか。

127 フィリピンでクルマを運転する方法


 フィリピン人は運転マナーが悪い。公共心のかけらもない。フィリピンは交通ルールなしの無法地帯である。

 その通りであろうか。

 フィリピンで私はクルマを10年以上運転している。最初の頃はよくぶつけられた。ある時、あるクルマがクラクションを鳴らしながら私の車にぶつかってきたときには唖然とした。あの警笛は「俺のクルマはブレーキが壊れている!危ないからそこをどけ!」という合図だったのかと思ったくらいだ。誰も自分のクルマがボコボコになりたいと思わないだろう。なのになぜぶつけてくるのだろう。

*ところでフィリピンでは「クラクション」といっても通じない。警笛は「ホーン」つまり「horn」という。ではクラクションというのはどこの語源なのだろう。同様に「ボンネット」は「フード(hood)」、「ウィンカー」は「シグナルライト(signal light)と言わないと通じない。

 自分のクルマに傷をつけたくないというのはフィリピン人も同じだ。ではなぜ私は事故に遇うのだろう。1年ほど経ってやっと理由がわかった。フィリピン人と日本人とでは出るタイミング、要するに呼吸が合わないのだ。彼らの呼吸を覚えてからというものぶつからなくなった。目の前のクルマが何をしようとしているのかわからないと思ったら、女性ドライバーだったという経験のある方も多いのではないだろうか。呼吸が合わないからである。フィリピン人ドライバーの呼吸を覚えればぶつからなくなるというのが私の持論である。その原理に気づいてから私は今日まで8年間、接触事故ひとつ起こしたことがない。

 もうひとつ、彼らは相手ドライバーはちゃんと前を見てキチンと運転していると勘違いしていることである。自分は乱暴で不注意なのに矛盾しているのが、確かにそう思っている。これは助手席や後部座席で彼らの運転を見ているとよくわかる。平気で相手のクルマの進行方向に自分のクルマを晒すのである。相手がこちらに気づいて止まらなければ必ずぶつかるのだ。まるで日本国憲法前文「・・平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。・・・」なんていうのと一緒でとんでもないことだ。私は運転手に「お前もだめなのに相手もだめと思うのが当たり前、相手をきちがいだと思って運転せい」と言っている。でも相変わらず彼らは相手に「全幅の信頼」をおいている。これは何度注意しても直らない。私は自分の愛車はぶつけられたくないので、自分で運転している。

 運転手のマナーは確かに悪い。国道のど真ん中で平気でタイヤ交換を行う。割り込む。対向車線に飛び込んで無理に追い越す。いろいろある。これには理由がある。運転手という人種はフィリピンではかなり下層階級なのである。運転手を雇っているとそれがわかる。私の会社の運転手などひどかった。彼はクルマをぶつけた。怒られる。どうせクビになる、というのでクルマを放置、そのまま逃亡、退社した。フィリピンでクルマの運転をしているその多くが自分のクルマではない車、つまり、会社の車、タクシー、ジープニー、バス、トラックを運転している。そういう者の運転は非常に荒いのである。一方、マイカーの運転手のマナーはそれほど悪くない。

 従って、「フィリピン人の運転マナーは悪い」というのは、「フィリピンで運転手を職業とする者の運転マナーは総じて悪い」と定義して良いと思う。彼らは英語も話せないことも多く、無知無教育であり、公共心もへったくれもないのである。

 次に「ルールがない」というのは間違いである。ルールがなければ車は走らないのである。でも車は流れているではないか。フィリピンにも「ルールがある」。片側2車線の道路が、渋滞の時には片側3車線、へたをすると4車線になる。4車線になるとさすがにクルマが動かなくなるが、ラッシュアーワーに交通量の多い方の車線を増やすのは合理的だと思う。日本ではこちら車線は大渋滞で対向車線はガラガラということがよくある。不合理である。また、子供が事故にあった。一刻も早く病院に駆け込まなくてはならない。その場合、パーキングランプを点滅させながらクラクションをがんがん鳴らして対向車線を走っても良いことになっている。緊急車両扱いとなるのである。警官もそのクルマを捕まえるどころか、かえって他のクルマに道を譲るよう誘導してくれる。急いでいる者のルール違反やマナー違反を容認する。この懐の深さはしびれるばかりだ。

 さて、彼らは赤信号なのに構わず突っ込んでくる。ルールを無視しているではないかというがそうではない。ルールが違うだけだ。
 フィリピンの交通ルールでは「赤信号はオマワリに注意して進め」なのである。オマワリがいれば、彼らのショバ代稼ぎの特権により小銭をむしられるからである。青信号は「他のクルマに注意して進め」であり、青信号といえどもオマワリがいなければ他のクルマが突っ込んでくるのが当たり前と考えるべきである。

 私は交差点では青信号でもスピードを落として前後左右をよく見ながら恐る恐る進入し、交差点に入ったとたん、アクセルを全開にして爆音とともにコンマ何秒でも早く立ち去るのである。その運転作法を始めてからというものニアミスさえしなくなった。

 *おさらい:青信号「他のクルマに注意して進め」。黄信号「他のクルマに注意して急いで進め」。赤信号「他のクルマとオマワリに注意して進め」。止まれの信号はなくあくまで自主判断に委ねられているのだ。

 そして、日本では「テールが入ればこっちのもの」ということで割り込むというが、フィリピンではノーズが入れば割り込むのだと長い間思っていた。ところがその表現は正しくない。実は彼らは1センチでも自分のクルマが前にあれば割り込ませるのである。左右どこでも良い。とりあえず相手のクルマよりも前に出ること。それが片側2車線が3車線、4車線へと広がる理由だった。

 だから、交差点の渋滞では車が交差点を一面に覆い尽くし、パズルのように動かなくなる。一台ずつバックをして、パズルを解く風景が見られる。そのルールの存在はわかったが、我々はパズルをするためにクルマに乗っているわけではない。交通ルールの目的は渋滞と事故の回避なのだから、そのルールは合理的とは言えず、やめたほうが良いと思う。

 *ジープニーという乗り合いジープの運転手はすごい。道路を走りながら、車に乗りそうな人を探し出して、何席空いているか手で合図を送り、どこでもすぐに停まって乗客を乗せ、交差点が近づくとすかさず対向車線へ躍り出て交差点手前まで進み、取り締まりのオマワリや交通監視員を瞬時に見分けて(ワイロ済みかそうでないか。追跡用のバイクがあるかどうか)交差点をさっと横切るのである。それだけのことができなければジープニーの運転手は務まらない。
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