2004年08月

139  「やりたいこと」

 私は仲間とともに3年前から日比ビジネスクラブというものを主宰している。当会にはフィリピン生活者とビジネスマンの会という副題についているが、単なる互助会で終わることなく在留邦人啓蒙の旗頭たらんと考えている。それを実現すべく毎月講演会を開き、会報を出してきたが、その活動は今年2月、講演集の出版という形で開花した。さらに日本大使館と提携してNGOフェスティバルなるものを開催することが出来たし、国際交流基金、ジェトロ、国際交流機構(JICA)、そして他多くのNGO団体とも親しく交流させて頂いている。

 ようやく仕事をするうえでの基盤が固まってきたところで、ちょっとした会の運営方法をめぐって私が発起人の一人と対立してしまい、調整も空しく、結果としてその方が退会することになった。

 そのことは大変残念なことであり、会長としての至らなさを反省するものであるが、一方で、当会は互助会であるとともに在留邦人を啓蒙するという重要な使命も帯びているのであり、その目的にそぐわない行動はやはり看過することはできない。そして、もうひとつ、これは会を統率している私の性格でもあるが同じ場所に足踏みする気は毛頭ない。

 つまり、私がこの会でやりたいことはたくさんあるし、この会に対する期待は誰よりも大きいのである。

 私より大先輩の彼に言いたいのは、小さなことでくよくよするのではなく、もっと前を見て日々を送ってほしいということである。いつも引用するこのサムエル・ウルマンの詩をもう一度読み返してほしい。

 ※この詩を「昭和一ケタ台が会社の重役に留まることを正当化するために日本でもてはやされたもので、うそっぱちだ」と述べた先輩がいた。この詩をもってそれだけのコメントしかできないその方を、生きながら既に屍(しかばね)と化しているその方を、とても哀れに思った。

『青春』

青春とは人生のある期間ではなく
心の持ち方をいう。
バラの面差し、くれないの唇、しなやかな手足ではなく
たくましい意志、ゆたかな想像力、もえる情熱をさす。

青春とは人生の深い泉の清らかさをいう。
青春とは臆病さを退ける勇気、
やすきにつく気持ちをふり捨てる冒険心を意味する。
ときには、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。

年を重ねただけで人は老いない。
理想を失うとき、はじめて老いる。
歳月は皮膚にしわを増すが、熱情を失えば心はしぼむ。
苦悩、恐怖、失望により、気力は地に這い、
精神は芥(あくた)になる。

60歳であろうと16歳であろうと人の胸には
驚異にひかれる心、幼な子のような未知への探求心
人生への興味の歓喜がある。
君にも我にも見えざる駅逓(えきてい)が心にある。

人から、神から、美、希望、よろこび、勇気、力の
霊感を受ける限り、君は若い。
霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ
悲嘆の氷にとざされるとき
20歳だろうと人は老いる。
頭(こうべ)を高く上げ、希望の波をとらえるかぎり
80歳であろうと人は青春の中にいる。

138 「女子マラソン、野口選手金メダル!」

 女子マラソン野口みずき選手金メダルの快挙。

 ただただ感動した。

 後で聞いてみると彼女らは1年も前からアテネの難コースで勝てるレースをするため、中国の高地などで徹底的に肉体改造に取り組んできた成果であるとのこと。
 
 つまり、人事を尽くして天命を待つというレースであったのである。そしてまぐれではなく、勝つべき者が勝った。しかし短距離走とは違い、マラソンで勝つべき者が勝つことはとても難しいことである。

 シドニーで世界記録を樹立して金メダルに輝いた高橋尚子がアテネ代表を見送られたときには誰もが愕然としただろうが、野口みずきの金メダルは日本陸連の判断に誤りがなかったことを見事証明してくれた。しかも他の二人の日本代表も5位、7位に入賞したのだから誰にも文句は言えまい。

 日本女子マラソン界の層の厚さはこれでわかった。高橋尚子といい、野口みずきといい、次期の北京オリンピックの代表者選考に漏れそうだったら、ぜひフィリピン代表として走ってもらいたいものである。

 世界選手権では個人競技においてさえ国を背負って戦うことには少し疑問を感じる。メダリストの表彰式には3枚の国旗が高々と掲げられ、金メダリストにだけ国歌が流れるという風習。これをやめると政治利用が少なくなるというメリットはある。

 とはいえ、イラクのサッカーチームのベスト4進出には国民がしばし敵味方の立場を忘れて歓喜した。私とて日本人が勝ち、日本の国歌が流れるといいえぬ感動を覚える。

137  「大使館が被告見捨てた?」


 『詐欺罪などに問われた日本人男性が法廷通訳不在のまま禁固刑を言い渡された裁判で・・・判決を受けたのは長野県大町市出身の海谷英利被告(56)。同被告は英語はほとんど話せないが審理先のダバオ地裁は通訳不在のまま公判を続け、七月二十三日に「被告の証言は理解できない。「同大使館の日本人領事も支援のため法廷に来ておらず、被告は自己弁護を放棄したとみなす」として禁固二十八年(不定期刑)を言い渡した。公判は二〇〇一年十二月の起訴以来、計三十六回開かれ、通訳不在のため被告人陳述・尋問は行われなかった。・・・・・』(8月13日(金)付マニラ新聞1面から)

 フィリピンの裁判では英語または現地語が使用される。本件では、詐欺罪で起訴された日本人が英語を解さず、日本大使館ダバオ駐在官事務所は被告弁護士に複数の通訳会社を紹介したにも拘らず通訳なしで裁判が続けられ、被告の陳述が全く理解できないダバオ地裁は「大使館も見捨てた被告」に対して、禁固28年の有罪判決を言い渡したというものである。

 マニラ新聞の報道では「海谷被告の弁護士が同大使館ダバオ駐在官事務所を訪れた際、同事務所複数の通訳会社を弁護人に紹介した。しかし、その後、弁護人が代わったことなどから通訳を見つけることができなかった」というのである。そしてこの記事は「またもや日本大使館が邦人保護の義務を果たさなかったこと」を非難する内容となっているが、私には、被告が家族や友人から見捨てられていることの方が重大だと思う。

 私は本件関係者ではないので、記事のみで判断するしかないが、フィリピンに長期滞在する一邦人として、この記事を一読して感じる疑問は、

 ?被告に友人や家族はいないのか  ?ダバオ日本人会は何をしているのか

の2点である。

 まず、もし被告男性が親戚縁者、知人にとって有益といわぬまでも無害の人物であった場合、36回の公判の間に必ず支援の手が入ったに違いない。けれども被告が日本でもトラブルや事件を起こしてフィリピンに逃れてきた者だったならば、親戚縁者、知人にとって彼はいわば「厄介者」。ム所に入ってもらった方が世のためとして見捨てられてしまった可能性がある。まあ、ダバオ市長が強力な自警団を抱えていて、毎年何十人ものならず者が裁判を待たずに抹殺されているから、彼は少なくともダバオではワルとして名を轟かせてはいないはずである。

 もし仮に彼が無害の人物であって、本当に単に通訳の不在が理由で有罪判決が下ったとしたならば、ダバオ日系人会にとっては恥であるはずである。少なくともダバオ日系人会会長の立場であれば恥ずかしくて外を歩くこともできないし、100年の歴史をもつダバオ日系人社会全体がその謗りを受けよう。

 海外邦人とはいわば「他人の庭で生活をさせて頂いている」受動的立場である。所詮、日本人によって作られた国ではないフィリピンに置いてもらっているのだから、その「へりくだる」気持ちは絶対に忘れてはならない。それを忘れて物価が安い、わずかなお金が大金に化けるとして、フィリピンで傲慢に振舞う邦人がよく事件に巻き込まれる。

 しかし、同時に我々は外国人として法的に非常に弱い立場に置かれているのも事実。従って、いざというときのために周囲のフィリピン人や在留邦人と連帯しておくことも大事なことである。

 結論として、海外邦人に求められる生活態度とは「フィリピン人と不用意にトラブルを起こさないこと。日頃から自己防衛のためにも邦人社会と親しくつきあいをしておくこと」の二点である。

 また事件に巻き込まれたとき、日本大使館に援助を期待をしてもほとんど無駄であると思った方が良い。海外では一般外国人をその所属国家在外官庁が守るには限界がある。他力本願で損をするのは自分だ。従って海外では自分の身は自分で守るべきなのであり、そう考える自律的日本人にフィリピンへ来てほしい。
 

136  「来比直後 邦人射殺される」

 フィリピンにおける殺人事件発生率は日本の16倍である。日本で年間1300人弱が殺されるのに対し、フィリピンでは年間11000人強が殺されている。

 しかし、だからといって無差別に殺されているわけではない。被害者には殺されるに十分な理由がある場合がほとんどである。

 8月17日に殺された三重県出身のパチンコ店経営の松浦正司さんの場合、マニラ空港からホテルに向かう途中、車両ごと拉致されて、数キロメートル先で至近距離から銃弾数発を浴びて死亡。

 被害者の所持していた金品の一部は残されていることと被害者が以前にもホテルで襲われたことがあることから、警察は怨恨の線で犯人の行方を追っている。

 被害者が来比した飛行機はノースウェスト航空。マニラ到着は深夜であり、成田発マニラ行の便で最も強盗に遭いやすい便だ。私はフィリピンに来るときはこの便だけは絶対避けるべしと忠告をしているし、その便で来る日本人の出迎えは拒否している。私にはまだ人生でやり残したことが沢山あるからであり、弾丸の前に立ちはだかるような命知らずと心中する覚悟は今のところないからである。

 要するに今回の事件では被害者はいくつものタブーを犯している。つまり、?フィリピン人に恨まれることをしてはいけない。?深夜便で来比してはいけない。?トラブルを抱えているとき、来比のスケジュールを事前に現地に漏らしてはいけない、ということである。

 そんな訳で、被害者には気の毒だが、犯罪を誘発している人物が殺されるのはやむを得ないことで、これまで生きながらえていたのは幸運だったと考えるべきだった。

 フィリピンは普通に生活をするには日本同様、とても良い国である。それは断言できる。けれども日本と違いこのように無防備で傲慢な人物に対し容赦なく鉄槌を振り下ろす厳しい社会でもある。

135 「手作りの楽しさ」

 私は幼少の頃から漫画を書いたり、プラモデルを組み立てたり、目覚まし時計を改造してみたり、モノを作ることが好きだった。これは日曜大工の好きな親父譲りだ。

 このホームページもパソコンも自作なら書いている文章も自作である。何かを新しいものを創造しようとするとき僕らはワクワクするものだ。

 プロの作品に比べるとその出来は何十倍も劣るのだろうが、その代わりモノを作る楽しさと達成感が得られる。何よりも世の中にひとつしか存在しないモノを作ることは嬉しい。

 自分の精神と肉体でもって何かが創造されることは素晴らしいことだ。スポーツもそうだが、思考と試行を重ね、努力を続けた結果、昨日できなかったことが今日はできるようになること。いずれは滅びさる肉体をもつ我々とこの世との接点、生きる喜びと価値はそこにしか生まれないような気がする。

 「モノ作り」とは「自分の分身作り」であり、「新しいものを作り出そうという努力」は「自己革新の努力」に等しい。工業製品の溢れかえる今日、子供のころに感じたモノ作りの実感や楽しさを思い出そうではないか。

livedoor プロフィール
タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ