2004年11月

152 我が綱領

 フィリピンに居住しているうちにわかったことがある。
 それはこれまで人間ひとりの力は無力であると思っていたがそうではないということである。
 日本ではあらゆるものが整備されていて、残された問題はすべて難問ばかり。それはかなり有能で富裕な人や組織でも解決・改善は困難であると思っていた。

 しかし、あきらめてはいけないのだ。私たちには知恵がある。あとは解決したいという意志と見出した策を実行しようとする行動力と勇気とが必要なだけである。それが摂理に適ったものであれば、他の人達もそれに続くに違いないと信じることである。
 
私はフィリピンに居住する者として具体的に次のことを行う。

(1) 有機無農薬農業、林業、畜産の指導と普及につとめ、最大雇用を実現する。
    その結果、フィリピンを世界の一大食料生産基地にし、世界へ食糧支援を開始す
    る。
(2) 公的・民間援助を農山村、漁村に傾注し、人口の都市集中を緩和し、地方をもり
    たてる。
    具体的には学資援助や医療援助、職業訓練、インフラ整備などを都市から地方へ
    シフトする。
(3) 遊休土地を生産性のある土地に変え、最大利用を図る。
(4) 日比の社会資本をフィリピンに投入させるための宣伝、支援につとめる。
(5) モラルの向上のため、犯罪に立ち向かい、犯罪被害者の救済につとめる。
(6) 化石燃料の消費を抑えるために、太陽熱を利用した温水器や発電機などの普及に
    つとめる。
(7) 動植物の無駄な殺生をしない。人を殺さない。

日本では次のことを行う。

(1) フィリピンと日本の補完関係の強化につとめる。
(2) フィリピンに有機無農薬指導員、農産物加工指導員を派遣する。
(3) フィリピンの農産物、農産加工品を輸入促進をはかる。
(4) フィリピン人の特に農業従事者を日本に研修、就労、定住させるために法改正を
    唱える。
(5) フィリピンへの公的・民間支援は地方へ、特に農業支援へ特化を提唱する。
(6) フィリピンの農業振興のためのインフラの整備を強化させる。
(7) 上記を通じての日比親善の強化。



--------------------------------------------------------------------------------

我が綱領の項目別分類

生  命
有機無農薬作物の栽培と摂取
環境の保全による人間の健康と動植物の種と個体数の維持
食料増産による食糧支援と戦争による殺戮の回避
食品加工(缶詰やフリーズドライ)による食料の保存
食物や環境の人体に及ぼす影響について研究とその支援


--------------------------------------------------------------------------------

環  境
有機無農薬農業と植林の推進
クリーンエネルギー(太陽熱・地熱・水力・風力)の開発、普及
食糧増産により食糧危機の回避
人間活動の環境へ及ぼす影響についての研究とその支援
遊休土地へ環境に優しい投資促進


--------------------------------------------------------------------------------

モ ラ ル
人格教育と農業教育
植林・エコツアー
世界一大農作物生産地にし、全世界への食糧支援を強化
地方経済の強化と人口都市集中化の緩和
雇用を通しての犯罪の撲滅
農林業、畜産、食品加工推進による完全雇用の実現と貧困撲滅
遊休土地へ環境に優しい投資促進により、雇用促進


--------------------------------------------------------------------------------

日比親善
貿易の活性化と両国補完関係の強化
農林業、畜産、食品加工の指導員の派遣
フィリピン人の研修、就労、定住の促進
公的・民間支援を地方と農業へ集中化
農業のためのインフラ整備
在比日本人・在日比国人を犯罪から守り、投資を促進する
フィリピン研究の推進
日本語教育・日本人の英語教育

151  二十世紀の遺物

 熱帯技術開発協会(TAFTDA)の田鎖浩会長(84歳)から頂いた新聞の切り抜きの内容に同感したので、それを一字一句そのまま転載しました。下線は田鎖先生のものです。

2000年11月18日朝刊

朝日新聞【新世紀を語る】シリーズの?
第4章 日本は
作家 瀬戸内寂聴さん(2000/11/18朝刊)

「若者の触覚 唯一の希望」

----日本の社会を見ていて、これだけは二十世紀で終わらせたいと思うことがありますか?
「いま必要なのは日本の大掃除だと思っているんです。まず政治家や官僚と経済界の癒着を断ち切ること。そして、ここまで日本をダメにした人たちは退場してもらわなければならない。荒廃した教育にも引導を渡す。それができなければ日本は滅びてしまうんじゃないですか」

-----手厳しいですね。
「七十八歳まで生きてきて、こんなに悪い時代、悪い日本になるとは予想もしなかった。どんどん悪くなるばかりです。表面的には平和に見えるけど、底の方は腐っている。それなのに政治家にも経済界の指導者にも、危機感や自覚がない」

-----誰に責任があるのでしょうか。
「すべての日本人でしょう。子供たちが悪くなったと言うけれど、子供は大人の背中を見て育つんです。子供だけしっかりしろと言ったって無理です。大人に緊張感がない。他人のことを思いやる想像力も失っている。自分の国さえよければいい。自分の町さえよければいい、自分の家庭、自分さえよければいいという利己主義が通ると思ってる」

-----なぜ、そんなことになったのだと思いますか。
「敗戦ですべてを失い、失ったものを取り返そうと、戦後の日本人は目に見えるものだけを追いかけてきた。そのために、人間の心や宇宙の生命のような、目に見えないものへの想像力や畏敬の念を失ってしまったんです。昔の日本人は食べ物にも敬けんな感謝の気持ちを持っていた。着るものに対してもそうです。そうした精神文化がなくなってしまった」

-----日本の未来は暗いようですね。
「このままでは二十一世紀の日本はないと思ってました。でも少し考えを変えたんです。最近は対談などでも、できるだけ若い作家や芸術家たちに会うようにしている。どの分野でも、一芸にすぐれた若者は自分をしっかり持っている。権威や肩書きにとらわれず、自分の触覚に触れるものだけを信じている。しかも日本だけでなく、広い視野で世界を見ています。そうした若者が出てきている」

-----そこには希望が持てる、と。
「それが唯一の希望かもしれませんね

150  カトリックの精神と農業

 フィリピン共和国は、総人口が8600万人、そのうち90%がキリスト教徒というアジアでは特異な国であることは良く知られております。

 でも意外と知られていないのは、全国津々浦々に張り巡らせたカトリック教会やカトリック系の学校という集金ネットワークで集められたお布施や授業料、寄進された不動産の売却益など、利益の相当部分はバチカン法王庁へ献金されているという事実です。

 その集金能力はアジアでは突出しており、従ってローマ・カトリックにおけるフィリピン「聖職者」の地位は非常に高く、フィリピンの枢機卿を次の法王候補にという声があがるほどです。

 ローマ・カトリックを財政的にも支えるフィリピンは確かにカトリック法王庁とマニラ大司教区の栄光のためには随分と貢献をしていることは異論のないところです。

 しかし、その栄えあるフィリピン共和国の人々が現在いかなる状況におかれているでしょうか。

 キリスト者の究極の目標と義務は地上に「神の王国Kingdom of God」を創設する助力になることだそうです。

 でもフィリピンには神の王国どころか犯罪王国、汚職大国、援助対象国、貧困国と不名誉な称号ばかりが与えられております。

 つまり、フィリピン人の宗教心によってカトリック教会は随分と潤ったが、フィリピン人自身は精神的にも物質的にも貧しいままという現実です。その意味でカトリック教会には猛省を促したいと思います。

 無垢なフィリピン人は天国へ招かれても、カトリックの僧侶たちの天国への階段ははるかに遠く険しいものと警告せざるを得ません。

 現世で既に祝福を受けているのはあなた方であり、民の生活は苦しくなるばかりです。そこで背に腹は代えられぬと5000人もの民が非カトリック国たるイラクへ出稼ぎになって人質になったり、殺されたりしているのです。

 貧困こそが元凶であるとよく言われますが、例えば農林業では主食の米に至るまでほぼ全てを輸入に頼る現状では貧困撲滅など夢のまた夢です。
 
 フィリピンの犯罪の多くが生活困窮型に分類されますから、食料だけでも十分行き渡れば、犯罪は自然に減少するものと考えられます。当然、乞食やストリートチルドレンも少なくなるでしょう。

 フィリピンカトリックの指導者はフィリピン人の尊厳、誇りを取り戻すために、そして貧困撲滅のために、まず「農業の活性化」を掲げて、増産に取り組むべきです。

149  近視矯正と生活態度の変化

 総費用7万5千ペソ(約15万円)也。日本の半分で済む。フィリピンは医療が立ち遅れていて危険ではないか。心配ご無用。レーザーは世界でも最新のものが入っていて昨年買い換えている。レーザー治療を担当する華僑の医師の腕も確かである。またおそらく手術数からすると日本のどの病院よりも多いのではないだろうか。それだけ経験豊富で信頼できるということである。
 
 手術を受けたのは10月8日のことで、もう1ヵ月以上経ったが、経過はすこぶる良好である。

 さて、小学校4年のときから43歳になる先月までずっと眼鏡をしていたわけで、裸眼で車を運転することなど生涯ありえないと思っていた。今では双眼鏡もキチンと覗けるし、水中メガネも矯正された高価なレンズに取り替える必要もない。

 けれども好都合なことばかりではない。手術の結果、両眼で1.2の視力は回復して遠くは見えるようになったがその代わり、近くは見えにくくなった。これまでは本に眼を近づければ字のインクの滲み具合まではっきり見えていた。ところが今では新調した老眼鏡を掛けてみても、前のように完璧には見えないのである。

 従って、本を読むのが億劫になってきた。考えてみれば近視の頃は、視力が良くないとできないスポーツ、野球、ゴルフ、水泳など、結構毛嫌いしていた。眼が悪いことが私を屋内に閉じ込め、読書や卓球という趣味へと導いたのだろう。つまり、近視というものが私の性格や生活習慣に多大な影響を及ぼしていた。近視が解消され、老眼が進んだことで私の今後の人生も転換することになろう。でもだからといってゴルフはダメだ。ゴルフ場は地下水を汚すなどあまりにも自然環境に対して弊害が大きく、閉鎖後はつぶしもきかない。

 夜間の車の運転が苦にならなくなってきたので、遠乗りをして夜遅くなっても宿泊せずに運転して帰ってくるという選択肢もある。また汗が眼鏡に落ちてきて視野を妨げるということがないので、草刈りなどの野良仕事も一向に苦にならない。農業推進に何かできることをやろうと思っていた私にとってこれは大きな贈り物である。

 私は手術の前と違って読書が嫌いになり、屋外活動が好きになった。従ってこれまで以上に自分の主張を「実践」することに主眼をおいた積極的な人生を送りたい。

148 迷いなし

   
 今の自分にはとりあえず迷いがない。

 山の高さはわからないがとりあえず頂上に登り切って、そこから周囲が360度、見渡せるというような気分だ。

 こんな心境に至ったのは生まれて初めてのことで、これまでは自分の行為があまりにも小さ過ぎて、全体のなかでそれがどんな意味をなすものか分からなかった。

 けれども、商(あさひ不動産経営)、農(熱帯農林技術開発協会加盟)、食(和食レストラン経営)、コミュニティー活動(日比ビジネスクラブ主宰・熱帯農林技術開発協会加盟)といくつかの活動をこなしているうちに自分が目指すべきものがだんだん形になってきた。そんな感触が得られたのである。

 山の頂上からはもっと高い山も見えてくるだろう。そうするとまた迷いの世界に入り込むに違いない。でもとりあえずは迷いなしだ。
livedoor プロフィール
タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ