2005年04月

161 義を見てなさざるは勇なきなり

 「武士道は日本の象徴である桜花にまさるとも劣らない、日本の土壌に固有の華である」。

 37才の新渡戸稲造が英文で綴った『武士道』はこの言葉で始まる。人殺しを生業とする武士の倫理について、敬虔なクリスチャンであった稲造が書いたことに意義があると思う。

「武士道をはぐくみ、育てた、社会的条件が消え失せて久しい。かつては存在し、現在の瞬間には消失してしまっているはるかかなたの星のように武士道はなおわれわれの頭上に光を注ぎ続けている。封建制度の所産である武士道の光は、その母である封建制度よりも長く生きのびて、人倫の道のありようを照らし続ける」。

 稲造がこれを書いた1898年から既に 110年近くが過ぎた今日、果たして稲造のいう「武士道の光」はいまだ人倫の道を照らし続けているだろうか。

 武士道を支える精神的支柱は「義」であり、義 とは正義、つまり正しいことを指すものである。『義を見てなさざるは勇なきなり』。孔子のこの言葉こそが武士道の最も大切な「正しいことをなす勇気」である。さらに「勇」は決して向こう見ずであってはならず、血気の勇なら盗賊も致すものとして武士道では「犬死」を戒める。とはいえ正義を知りながらそれをなさぬは卑怯であると断じているのである。

 一度くらい戦争に負けたからといって、米国の一時的統治下で多少の規制があったからといって、卑怯と臆病を退ける勇気の鍛錬を子供の教育の現場から完全に遠ざけてしまったことは悔やまれるべきだ。勇気や仁を定義して下記のように語った稲造は現代日本人の精神文化の荒廃に慟哭するに違いない。

 「勇気の精神的側面は落ちつきである。つまり、勇気は心の穏やかな平静さによって表される。平静さとは静止の状態における勇気である。果敢な行為が勇気の動的表現であることに対して、これはその静的表現である。まことに勇気ある人は、常に落ち着いていて、決して驚かされたりせず、何事にもよっても心の平静さをかき乱されることはない。彼らは戦場の昂揚の中でも冷静である。・・・私たちは危険や死を眼前にするとき、なお平静さを保つ人、たとえば、迫りくる危難を前にして詩歌をつくったり、死に直面して詩を吟する人こそ立派な人として尊敬する。文づかいや声音に何の乱れもみせないような心のひろさ―私たちはそれを「余裕」と呼んでいる―はその人の大きさの何よりの証拠である」。

 また稲造は、民を治める者がもたねばならぬ必要条件は 「仁」であるとして、

 「愛、寛容、他者への同情、憐憫の情はいつも至高の徳、すなわち人間の魂がもつあらゆる性質の中の最高のものと認められてきた。・・・それは高貴な精神が持っている中でもっとも王者らしいものであり、また王者にこそもっともふ さわしい徳であった」。

 封建制度のもとでは容易に武断政治におちいりやすい。私たちが最悪の専制政治から救われているのは仁のおかげである。支配される側が「身体と生命」を無条件で預けると、そこには支配する者の意志だけが残る。

 私はこの文を他人へメッセージではなく、自戒として綴っている。会社を経営する者として社員の上に立つ者、つまり他人の忠誠心を預かる者として上記事柄は肝に銘じておかねばならない。

 稲造の『武士道』はそれに価値を見出す者が実践のための教本として読むべきものであって、単なる教養を目的に読まれるべきものではない。

 私はフィリピンにおける邦人社会の無秩序に稲造の精神、武士道の精神とその実践の必要性を感じたわけだが、日本に留まっていればそのような境地には辿り着かなかったかもしれない。

 邦人社会の倫理と秩序の確立を掲げた今、豪胆とはいわねど私のこころは秋空のごとくさわやかで澄みきっている。剣術は嗜まないが二本差しの心境とはこのようなものなのだろう。

159 仕事をする体制

 NGOフェスティバル?が終了して2ヶ月、私は会社で仕事ができる体制作りをしてきた。

 私の会社は9年前に妻と二人で始めた社員15名の小さな会社である。創業以来、私が会長で営業を、妻が社長で総務を担当するという形で運営してきた。ところが私は現状の事業規模に満足していないため新規事業への参入を図ろうとするのだが「社長」はいつもひどく消極的である。結局、彼女の強い反対を押し切って新規事業へ乗り出すのだが、例えばレストランの運営などを開始して、少しでも赤字になったり、トラブルが発生するとすかさず社長が介入し、人事に口を出し、事業全体がガタガタになるという苦境に陥った。

 友人は口々に「妻を会社に入れるのが悪い」という。当然である。しかしフィリピンの法律では外国人は不動産仲介資格が取れないため、フィリピン人を使わざるを得ない。事業を始める前から信頼できる素晴らしいパートナーを持っている人などほとんどいないはずだ。赤の他人を使った場合、仕事が軌道になりかけたところで会社を乗っ取られるはめになる。そこで全幅のとはいえないが、多少は信頼できる妻にその資格を取ってもらって、業者免許を取得し営業することになり、私もその道を選んだのである。フィリピンで起業するということはそういうことなのだ。

 しかしそのために夫婦喧嘩を会社に持ち込むことにもなり、結果、株式会社とは名ばかりで私が引退すればそのまま消えてしまう程度の小事業になってしまった。しかし、今更、妻を社外に放り出すわけにはいかない。彼女にとっても会社を運営することは趣味以上のものになってしまったのである。

 会社の運営方針の違いだけで妻と離婚する勇気もなく私が取った苦肉の策は会社の「独立分離」である。現在の会社以外にもうひとつ会社を立ち上げ、社員を2つのリーグに分け賃金も別々に支払う。従来の利益についてはこれを折半するものとするが、分離後に始めた新規事業についてはそれぞれの損益とする。そしてお互いの決定を尊重し、経営に口出しや干渉をしない。相手方の社員に対し、依頼はしても命令はしない。そんな合意のもと私たちは玄関を共有する二つの会社に分かれたのである。

 さて、私は赤字部門を持たない会社は一見優良企業のように見えて実は将来性のない会社であると考えている。なぜなら未来に対して投資を行っていないからだ。当然、一見遊んでいるように見える「遊休社員」も実は将来の旗揚げのために必要な駒になることがある。妻にはそのことを幾ら説明しても馬の耳に念仏だ。

 新規事業を展開するに当たって、今後は意見が真っ向から対決する妻の介入は無いのだと思うと笑いがこみ上げてくる。そういう自分の姿は第三者の眼には相当抑圧されていたのだと映るようだが、実はその苦しみは他人の想像を超えるものであった。

 これからはもうひとりの船頭のくびきをのがれ、すべて自らの判断だけでフィリピンの荒海を渡ってゆかねばならないと思うと身の引き締まる思いだ。これで私はようやく事業家として独立したのである。それが意味することはとても大きい。

160 わが亡き後に洪水は来たれ


 今ワシントンではG7が開かれており、米国などは日本やドイツに対し性懲りもなく景気高揚策の実施を求めている。人類が築き上げてきた遺産は何も物質文明だけではあるまい。真善美に代表される文化に対して一体、経済成長というものにどれほどの価値があるのだ。
 
 私が大学時代に出合った「わが亡き後に洪水は来たれ」という言葉は、産業革命以降わずか数百年で主な化石燃料を採り尽くして反省なく、地球を汚染し搾取して子孫に何も遺そうとしない資本主義経済の営みそのものを表している。 

 最近、日本のいろいろな新興宗教団体がフィリピンに入りつつあるが、彼らの多くもまた化学物質に神性を帯びているはずの人間が汚染されないためにと有機無農薬作物の栽培をしきりに提唱している。物質文明に対する人類のあまりの偏重に不安をかきたてられた人たちの集団である。

 人類は人口爆発という異常繁殖により自らはもとより他の全ての生物の生存を脅かしている。日本人の美徳とは本来、よく働き、少なく食べ、よく汗を流し、よく笑い、病気にならないように健全な生活をすることではなかっただろうか。欧米先進国の浅薄極まりない使い捨て文化の布教を神妙な顔で聴いている年配の経済担当官や政治家諸氏の姿をテレビで見るたびに彼らの危機感のなさにめまいを感じる。

158 近場の海水浴場

 社員旅行に家族旅行と立て続けに二つのビーチを訪れた。

 ひとつは北部ルソンのパンガシナン、サン・カルロスのビーチ、もうひとつが南ルソンのバタンガス、ライヤビーチである。

 パンガシナン州サン・カルロスビーチの魅力は何と言ってもその素晴らしい波だろう。遠浅のためか、海岸に近づくにつれてせりあがってくる白い波を見ると、マニラでサーフィンボードを持った若者が「パンガシナン」を連呼する気持ちがよくわかる。台風のシーズンには最高の波に遭遇できるだろう。

 砂浜が湘南や九十九里浜、そしてスービック同様、グレーサンドであるのは仕方がないとして、その長くて広い海岸線はなかなか見事というべきだ。ところが、入場無料のためか、世界中のごみが打ち上げられたまま、誰も拾おうとせず無残で、波をかぶるほど近くに乗り入れられたたくさんの車で、海岸がまったく見えないのは悲劇だ。
 
 その点、二年ぶりに訪れたバタンガス州ライヤビーチは随分整備されてきた。パンガシナンと同じく長い海岸線を擁し、ホワイトサンド(ダーティーだが)が、きれいに整備され、富裕層(外国人)向けと庶民用とがはっきり区別されている。遠景にもいくつもの山が連なっていて絶景ではないか。ちなみに私たちが使用したココナツ・グランドというビーチリゾートは入場料だけで大人一人340ペソ。これは決して安くはない。その代り一日中安心して海水浴を楽しむ事ができた。別に昼食付ひとり950ペソというコースもあったが、予約が一杯でだめだったのでほっとした。
 所要時間はマニラから車で約3時間。パンガシナンの6時間と比べるとはるかに手軽で日帰り旅行には最適といえる。

 サン・カルロス・ビーチの風景はショックだった。フィリピンの大衆の無知蒙昧を再認識せざるを得なかった。まずゴミを拾おうとするひとがいないというモラルの低さが最大の問題だが、ゴミを拾う人がいないのならば、人を雇って一日に3度清掃をさせることもできる。そのためには地方自治体の用意した庶民用の海岸でも、10ペソとか20ペソとか少しだけでも入場料を取るべきなのである。海岸線は行政の管理するもの。無知な群集を導くべき良い政治家の登場が待たれるところだ。もし私がパンガシナンの住人ならば行政を動かすし、事業家ならば海岸で模範的ビーチ事業を展開して、必ずや美化運動をやっているはずだ。

 ひとの国だ、自分は外国人だ、と遠慮をせずに、良し悪しをはっきりと述べること。「だめだ」と不平不満を表明したそのあとは、自ら行動で範を示すのが現状打開の最速の道であることを私は経験から知っている。
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157 花婿のグッドメン


  本格的な乾季の夏を迎えた昨日、義理の弟の結婚式に私は日本人の友人二人とともに花婿のグッドメン(付き添い?)の一人として参列した。
 婚期を逸した妹ひとりを除けば既婚者ばかりの妻らにとって、もしかすると兄弟姉妹では最後かというこの結婚式に、妻や妹連中には式のドレスを作ったり、予行演習に出席したりとおおわらわの日々が続いていた。
 フィリピンの結婚式は沖縄同様、親族一同が再会するよい機会でもある。その席で従兄弟や甥姪の成長を確かめ、次は誰の結婚式かを見定めることとなる。
 私もお気に入りの美人従兄弟が来年9月に予定しているという結婚式のメーンスポンサーの一人に名乗りを上げ、披露宴会場では振舞われないビールもちゃっかり外で購入して日本人3名で飲み乾し、めでたい一日が過ぎていった。
 私の兄弟姉妹は4人で日本では多い方だが、妻の方はさらに多い6人で実に賑やかである。近年の日本では結婚は新婚夫婦二人のものになってしまったが、家族親族を巻き込んだこのような結婚式も悪くない。披露宴でたくさんの証人のもとで夫婦の誓いを交わせば、多少の夫婦喧嘩をしても離婚に発展しにくいだろうとも思う。
 日本では少子化により多くの社会制度が崩壊しつつあるが、同時に美しい社会慣習も失われつつあることに一抹の淋しさを憶えるのは私だけではあるまい。
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