2007年08月

188 夢と夢


就寝中にみる夢と将来の夢というときの二つの夢は明らかに異なるものだ。その異なるものを日本語でも英語でも「夢」、「Dream」という一語で使い分けていることに私は非常に違和感を感じる。

先日、朝起きたら、妻が不機嫌そうだ。なんでも私が前妻と浮気をしている夢を見たとかで、拳を上げて私を睨んでいる。
「あのね、あなたの夢はあなたの脳が勝手に「創造」したもので、俺には無関係だ」
と言い捨てた。でもフィリピン人妻の目は明らかに
「もし、正夢じゃなかったら、何で私がそんな夢を見るの?」
と言っている。
「そんなことお前の頭に聞いてみろ」
と言いたくなるが、確かにフィリピン人は、夢と現(うつつ)を同一視する傾向がある。要するに妻は「自分の見た夢」を「私の夢」つまり、「私の希望」なのだと勘違いしているのだ。

このように、妻とのいらぬ軋轢を避けるためにも「就寝中の夢」と「希望を表す夢」とは日本語でも英語でも異なる語をあてて区別すべきだと強く主張したい。

187 「具体的な不幸」


私がこの言葉を知ったのは、戸田智弘さんの『働く理由(ディスカバー21出版)』からだ。
日本の若者に「やりたいこと」がなく、働く意欲とか目的意識とかが希薄なのは要するに「具体的な不幸」が存在しないから。そのような文脈で使用されていた。

「具体的な不幸」の不在。例えば、親がいないとか、貧乏で飯が食えないとか、そんなものか。

「貧困」は「具体的な不幸」のひとつだが、それを克服することはフィリピン人にとってさほど困難ではない。給与水準の高い先進国に出稼ぎに行って、その収入を本国へ持ち帰ればよいのだ。

でも、先進国に生まれて貧困な生活を送る者がその貧困を克服することは多少難しいかも知れない。フィリピン人なら先進国へ行って、数年間、カップヌードルなどすすりながら、真面目に働いて貯蓄をすれば本国に家を建てるのは容易なことだろうが、日本の若者が日本で働いても家を建てるには10年や20年掛かるだろう。そんなに掛かるならば、家は貸家でも老後に不安があっても、貯蓄をせず、消費を楽しむ生活を送る若者が多くなるのも頷ける。

中国では貯蓄をせず、給与をすべて使い果たす若者のことを「月光族」と呼ぶそうだ。彼らは、一人っ子政策により、両親の財産を独り占めできるので、貯蓄をする必要がない。これは日本でも親が裕福で子が少なければ同様である。

戸田氏は「働く理由」は、まずは「具体的な不幸」である「貧困の克服」や「食べるため」であり、次に「やりがいのある仕事」だからとか「「自己実現のため」だとか、より高次の目的へ発展させていくことが大切なのだと説くものであり、それこそが「幸福」なのだと結論づけるものであろう。

幸せとはあくまで主観的なものである。「具体的な不幸」のひとつである貧困を克服すべく海外出稼ぎを実行し、家を建て、帰国後、比較的裕福な生活を実現させ、それをもって「幸福だ」というフィリピン人を責めることはできない。

さらに、月光族のように、親から相続した財産で裕福に暮らし、その財を消費することで幸福感が得られるならそれを責めることもできない。

その一方で、「具体的な不幸」なきまま成人し、いつまで経っても「生きがい」を見出せず、従って自らを「不幸」と認識している人間を、宗教や哲学などの「世界観」の助けなしに救済することもまたできないのである。

186 進化! 歩けるようになること

私の子が1歳過ぎて 歩けるようになった。

最初は私たちの体めがけて ただ倒れこむように。
次第に一歩一歩ゆっくりと 床を踏みしめるように。
そして 一人のときも 狭い居間を何度も何度も行ったり来たり。

歩けることが嬉しいのだろう。そして楽しいのだろう。

練習を繰り返すのは次第に安定して歩行できるようになるのが
わかるからか。

歩けるようになると「赤ちゃん」から「幼児」へと変身する。

さらに言葉を話すようになって「人間」になるのだろう。

その変化の速度ははもちろん、他の動物に比べて最も遅いのだろうが、
私から見るとまさに驚異のスピードだ。

このめざましい成長を見ていると、自分の事業における改革の速度が
いかにのろいかを思い知らされる。

子供に負けてはいられない。

185 日比ビジネスクラブの比ハンドブック出版

現在日比ビジネスクラブ(JBCP)では、ある壮大なプロジェクトに取り組んでいる。

それはフィリピンの国家・社会・経済をインデックス付けし、政治経済から文化まであらゆるジャンルを網羅した入門書=ハンドブックの出版事業である。

入門書といいながら、フィリピンに長年住んでいる我々にとっても有益な情報の宝庫にしようと考えている。そしてそのハンドブックを編集するのに会員有志が編集委員会をつくり、編集室を賃貸借して、専任のリサーチスタッフまでおいて今年5月に活動を開始した。

会員有志はJBCPの会費のほかにハンドブック負担金として毎月、1,000~6,000ペソ支払い、その編集に掛かるあらゆる経費を負担している。この負担金はハンドブックが出版された際に利益の分配を受けることで償われる仕組みである。またJBCPとしてはこのハンドブックを毎年出版し、2回目以降から編集に掛かる費用をすべて本販売収入で賄い、当会収益事業の柱としたい。

かくして、私たち会員は無償で毎週1回編集会議に集い、現在のところ、インデックスに対する小見出し付け作業に勤しんでいる。

このように小さな団体の会員有志がそれぞれ結構な額の金銭を負担し、さらに編集作業を無償奉仕して、ひとつのプロジェクトに取り組むというのはかなり稀なことではないかと思う。

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本会ではすでに「混淆へのパラダイム」という講演議事録(800ペソで販売)を出版しているが、それに比べても今回のプロジェクトは金銭的にも編集能力的にも互助団体が取り組むにははるかに高次のものであり、たくさんの方のご協力が必要である。従って、もし、興味があればぜひJBCP会員になっていただき、このハンドブックの編集・出版にご助力賜りたい。

連絡先(+632)893-3250 日比ビジネスクラブ(梅澤または屋良やら)

184 わが同志

 同志とは志を同じくする仲間のことである。

 私は96年に不動産仲介業の会社を起業して以来、10年間、会社を経営してきたが、こと日本人のスタッフの雇用については慎重かつ消極的であった。

 というのも日本人従業員の給与はフィリピン人の十倍以上で、我が社のように小さな会社では、到底支払えるものではなかった。実際、数年前に一度、退職者の方を雇用したのだが、相当譲歩してもらったはずの賃金すらすぐに支払えなくなった。とにかくフィリピンの零細企業が日本人を雇用するのは大冒険なのだ。とはいえ、「企業は人なり」。優秀な人材なくば会社はいかなる成長も望めない。そう思いつつ、「日本人雇用問題」を棚上げにしたまま何年も月日が流れた。

 そうしているうちにある重大な事件が起こった。

 それは私同様にフィリピンで起業し、日本人一人だけの会社を営んでいた友人が心筋梗塞で急死し、周囲の友人らの奮闘むなしく、数ヶ月後には彼の会社は潰えてしまったのである。突然収入を失った彼の妻子は路頭に迷ったに違いないが、我々にはどうすることもできなかった。

 友人の死により、私が学習したのは、もし自分以外に日本人社員がなければ、当然、自分が突然死んだり、病気などで執務ができなくなった場合、遺された妻子は全収入を失い、手塩に掛けて育てた会社そのものが存続できなくなることであった。少々の生命保険や財産を遺してやれたとしても、他に収入の道が閉ざされれば子供の教育にも支障が出ることは必至であろうし、何よりも自分が人生の多くを捧げてきた会社という作品が消滅してしまうことは承服しがたいことである。

 いずれにしても、友人の急死による会社の消滅を目の当たりにして、「企業は人なり」という積極的な経営方針を掲げる以前に、会社の存続という最低の願いのために、日本人起用の必要に迫られたのである。

 そしてそれが目的であるならば、私の会社にとって必要なのは単なる「従業員」ではなく、「経営者」であった。そういう人材を求めるには私の会社の規模では難しいことであるに違いなかった。

 ところが、友人の死から一年経った今、我が社にはもう一人の日本人がいる。私より、若干年上であり、経験豊かで健康、英語も堪能。即戦力かつ私の代理として私の会社にはもったいないほどの逸材である。もし、お金が目的であれば、私の会社など見向きもしないであろうほどの人物が、従業員として採用を申し出てくれた。その心意気ひとつをとっても同志と呼ぶに相応しい人物だ。

 あとは短期的には、少しばかり早くこの国で仕事を始めた自分が一工夫して、我々二人が日本人として最低限の生活ができるようにビジネスを再構築することである。そして、長期的には二人の力を何倍にも発揮できるモデルへ発展させることである。
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