私には1才1ヶ月の息子がいる。母親はフィリピン人だから、日比混血児だ。
私には子を持つ友人が何人もいる。そのうちの多くにまた二十歳以上の子がいる。たいてい、日本語が話せない。母親がフィリピン人であるときはもとより両親ともに日本人の場合でも、その子らがフィリピン人の通う学校やインターナショナルスクールに通っていた場合、日本語が話せないことが多い。
日本語が流暢である子は両親が日本人でまた日本人学校に通っている場合である。しかし、その場合、もちろん、英語はあまりできる子になれない。一体、英語圏に来てなぜ日本語で教育をしなければいけないのか私にはわからない。世界の潮流は英語だ。特にインターネットでは英語ページが最も多いことから、ほとんどの情報は英語ができれば手に入ること。そして英語が世界共通語として君臨していることも周知の事実である。
日系人であれば求められる人材とは「英語で物事を考え、日本人のように日本語を流暢に話す者」だと思う。
そういう人に育てるには子供はインターナショナルスクールに入学させて、英語教育をし、その一方で、子供が物心ついた頃から毎年、日本に夏休みや冬休みの数ヶ月を日本の祖父母の家、つまり実家に送り込み、そこで日本語を日本文化とともに自然に身につけさせることだという。
実はこの方式はアジア開発銀行(ADB)の方から教えてもらった「在外邦人子弟教育必勝法」である。言い換えればこれが子供を「日本をオリジンとする国際人」に育てるための方法である。
海外で育って、親が日本人なのに日本語が話せない子供たちは大きくなって、自分は日本人なのか外国人なのかアイデンティティについて悩む子が多いという。
自分の子供はそうあってほしくないと思うし、私が書いたコラムやブログも大きくなって読んでもらい、自分の親が何を思い、どのような生き方をしたのかを理解してほしいと思う。その一方で、英語圏で学べる利点を最大限に生かして、将来「国際人」としてどの国にあっても誰とでも対等に伍する語学力と思考力を身につけ、世界に貢献できる力量のある人間に育ってほしい。
私には子を持つ友人が何人もいる。そのうちの多くにまた二十歳以上の子がいる。たいてい、日本語が話せない。母親がフィリピン人であるときはもとより両親ともに日本人の場合でも、その子らがフィリピン人の通う学校やインターナショナルスクールに通っていた場合、日本語が話せないことが多い。
日本語が流暢である子は両親が日本人でまた日本人学校に通っている場合である。しかし、その場合、もちろん、英語はあまりできる子になれない。一体、英語圏に来てなぜ日本語で教育をしなければいけないのか私にはわからない。世界の潮流は英語だ。特にインターネットでは英語ページが最も多いことから、ほとんどの情報は英語ができれば手に入ること。そして英語が世界共通語として君臨していることも周知の事実である。
日系人であれば求められる人材とは「英語で物事を考え、日本人のように日本語を流暢に話す者」だと思う。
そういう人に育てるには子供はインターナショナルスクールに入学させて、英語教育をし、その一方で、子供が物心ついた頃から毎年、日本に夏休みや冬休みの数ヶ月を日本の祖父母の家、つまり実家に送り込み、そこで日本語を日本文化とともに自然に身につけさせることだという。
実はこの方式はアジア開発銀行(ADB)の方から教えてもらった「在外邦人子弟教育必勝法」である。言い換えればこれが子供を「日本をオリジンとする国際人」に育てるための方法である。
海外で育って、親が日本人なのに日本語が話せない子供たちは大きくなって、自分は日本人なのか外国人なのかアイデンティティについて悩む子が多いという。
自分の子供はそうあってほしくないと思うし、私が書いたコラムやブログも大きくなって読んでもらい、自分の親が何を思い、どのような生き方をしたのかを理解してほしいと思う。その一方で、英語圏で学べる利点を最大限に生かして、将来「国際人」としてどの国にあっても誰とでも対等に伍する語学力と思考力を身につけ、世界に貢献できる力量のある人間に育ってほしい。