2007年11月

194 ペニスンスラホテル反乱兵士立てこもり事件

「まさか」ではなく「またか」という感じである。

 本日、午前11時頃、以前マカティのオークウッドホテルに爆弾を仕掛けて逮捕され、マカティ地裁で公判中であったトリリアネス中尉(現上院議員)が彼らを支持する現役兵士に守られて、地裁から集団で行進し、マカティ、ペニンスラホテルに立てこもって、メディアを前にリム大佐が記者会見をし、「我々は票の不正操作で大統領職を奪ったアロヨ大統領の即時退任と新政府樹立をここに宣言する。よって兵士と市民の結集を期待する」と呼びかけた。その傍らには第一次アロヨ政権のとき副大統領兼外務長官だったきギンコナ氏も鎮座していたので驚いた。

 しかし、今回の反乱は無計画のものだった模様で、以前と異なり、別に反乱兵士の結集もなく、爆弾などの仕掛けもなく、結局、マカティのビジネス中心街に行進している途中でたまたま居心地のよさそうだったペニンスラホテルに居座りを決め込んだものらしい。

 ペニンスラホテルにとっては大迷惑だった。この騒ぎでホテル客は全員外に放り出され、立てこもり中にロビーに到着した宿泊客はチェックインができず、待機するかホテル変更を余儀なくされた。

 アロヨ大統領は午後3時を投降期限とし、4時頃、催涙ガスを炸裂させて兵隊・警官隊がホテルのロビーに装甲車で突入し、結局、立てこもり兵士全員が投降した。トリリアネス上院議員は「皆の安全のために投降した」などと言っていたが笑止千万である。

 この騒ぎでペニンスラホテルが被った被害は莫大だ。前回はオークウッドホテルだった。その際には爆弾も仕掛けられていた。民間に損害を負わせて世直しを唱えても誰もついてくるわけがない。

 このような子供じみた行動、成功するはずのない思いつきの反乱に外務長官もやった前副大統領などが雁首を並べるのだからフィリピンの政治がいかにおそまつなものかを内外に宣伝してしまった。

 マスコミの報道も情けない。無計画のこのような反乱のために何時間も彼らと同行し、記者会見で、反乱の支持をTVで訴えあげくのはてに50人近くが兵士とともにろう城して逮捕、あきれた話だ。

 アロヨ政権の外にいる人々も苦笑いするしかなかっただろうし、アロヨ大統領は高笑いだろう。これではペニンスラホテルの犠牲のもとアロヨ大統領の株を上げるだけの意味しかもたない。
 
 「またか」という気持ちになったのは私だけではなかろう。

193 痛風発作

久しぶりに痛風発作に見舞われた。

もう5日間も両足を地面について歩くことができず、やむなく自宅で療養中だ。

やむなく尿酸生成阻害薬を服用しているのだが、そのせいか、あるいは寝過ぎのためかわからないが、頭痛がする。さて、この薬、痛風の予防薬であって発作が起こって飲んでもすぐに効果はない。今回のように発作中に飲むとかえって腫れがひどくなり、かえって発作が長引く。発作が起こってから飲むべき痛み止めもあるのだが、その入手には処方箋が必要なので医者嫌いの私には手の届かないしろものだ。

5年前初めて痛風になったときにはビールの飲み過ぎが原因だった。しかし、近年は明らかにそうでないことが原因で起こるようになった。

もちろん、激しい運動のあと、例えば、数年ぶりに突然10キロマラソンをしたとき、ゴルフデビューした暑い日に27ホールをホールアウトしてすぐに痛風発作が起こったこれは一時的に尿酸値が高くなりその分解処理が追いつかなくなったせいだ。

けれどもそれ以外に、離婚交渉中のとき、そして今回は1ヶ月間、引越しと転居先の補修に追われて発作が起きた。そのときはほとんど酒らしい酒をの口にしていなかったにも拘らずだ。

以前、NHKの「ためしてガッテン」でやっていた。そう、ストレスが原因でホルモンバランスが崩れ、尿酸を分解する力が衰えることで痛風発作が起こるらしい。

こんなときにいつも思うのである。健康だったら、あれだけはやっておいたはずなのにと。一体、私はいつも不完全燃焼の日々を送っていたのだろうかと。
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