どん底の状態は続かない 寂聴さん、胸にしみた「無常」 2011.3.23 16:53

  作家で僧侶の瀬戸内寂聴さん(88)が、東日本大震災の被災地に向けたメッセージを寄せた。

  「去年死んでいたら、この未曽有の悲惨な災害は見ずにすんだのにと思ってしまいます。たまたま私は昨年十一月から背骨の圧迫骨折で入院したり、自宅で治療をつづけていて、自分の足で歩けなくなっていたので、これまでのように、すぐ現地に飛んでいって被災者を慰問することも励ますこともできませんでした。こんな役立たずになった自分に今、何ができるのかと、考えつづけ、あらゆる報道に目をさらして、やきもきしていました。

  地震に大津波、さらに原発事故と、追い打ちをかけてくる災害は、地球の終わりを知らされるような怖ろしさでした。 「無常」という仏教のことばが胸にしみました。一寸先に何が待ち受けているのか知らないのが人間です。人間の能力には限界があり、自然の底力には果てがないということを思い知らされたのです。

  子供の時から耳にこびりついていた非常時という言葉を思い出しました。この現実こそ非常時でなくて何でしょう。これを乗り越えるには人々が我を捨て互いの力を合わせ災難に立ち向かうしかないのです。

 一瞬にして、永い歳月えいえいと積み上げてきた家も財産もすべてを失い、愛する家族を目の前でさらわれた人々の絶望を想いやると、痛ましさに身も心も凍ります。

  体の動かないわが身が腹立たしく、私は悶々と悩みつづけました。  そのあげく、ふと気づいたら、私の体調は変化していたのです。寝たっきりで、四六時中あれほど痛がった脚の痛みがずいぶん和らいでいます。トイレに行けず食事もベッドに運ばれ、顔も洗えず、風呂にも五十日も入れなかったのに、そのすべてが今はクリアされていたのです。半年で治るという医者の言葉は正しかったのです。四月で半年目になります。

  「無常」とは、同じ状態はつづかないことと、私は法話のたび、話してきました。その通りです。

  今、生き地獄のどん底の状態の日本も東北の被災地の方々も、このどん底から、気がつけば、変化していたと気づく日が必ず訪れるはずです。これだけ国民のすべてが心を一つにしてがんばっている努力が報われないことはないと、希望を忘れないでいてください。私は体がきくようになれば、何でもして少しでも役に立ちたいと今、切実に思っています。待っていてください。」  

                                      (産経ニュース2011年3月23日から)

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 日本では大変なことが起こっている。
 
 阪神淡路大震災が起こったとき、自分は東京にいて、神戸に取材に出向いて写真を撮り、寄付金など集めたものだ。

 インドシナ沖地震が起こったとき、フィリピンにいたのだが、その悲劇を胸に刻んでおくにはどうしたらいいのかと考え、取材にあたったNHK記者に講演会を開いてもらってその事情を詳しく聞いたりしたものだ。

 今回はそれら以上の規模。そして自分と同じ国の人間の多くの命、おそらく2万5千人規模の人命が失われた。

 日本という地震と津波の多発国では、海岸近くに住んでいるだけで命の危険と隣り合わせというわけか。

 むごいことだ。神様は何と厳しい試練を私たちにお与えになるのだろうか。

 そして今も解決していない原発の事故・・・。

 さらに、無計画停電による交通信号機の停止で、いまも毎日何人かの方が交通事故で命を落としている。

 こちらは、政府が選んだ政策、つまり人為的原因による被害である。


 昨年の同じ日、

 今年は何かと忙しい。

 と書いた。

 確かに忙しかった。
 
 でも、あまり書く気になれなかったいうのが真相だ。

 西暦2000年には私以外にほとんどフィリピン情報を発信するブログはなかったし、ブログという言葉さえなかった。でも今はフィリピンに関する日本語ブログは花盛りで、そこに一筆お見舞いしてもさてどんな意味があるのかと思っていた。

 でも昨年末から、本業の不動産仲介業や内装など関連事業に加えて、「農業」をしている。日本にフィリピンの農産品を輸出している。

 これまで人生の中でいつかはやらねばならないとずっと思ってきたことであり、ようやく縁が巡ってきて、今、それをやっている。

 今回の大震災と大津波でまた世の無情を知った。

 だから、立ち止まってはいられない。私もとにかく前に進むのだ。