2月、3月の日本人会の掲示板にはたくさんの張り紙が掲示されている。「家具のガレージセール」、「ピアノ売ります」、「中古車セール」、等など。その多くが、帰国を前にした企業駐在員によって、告知されたものである。
並んで、目につくのが、「良いメードいりませんか」、「ドライバーはいりませんか」という張り紙である。
私のフィリピン人妻はその掲示に、不思議そうな顔をする。
「なぜ、日本人は帰国の前に使用人の職探しをするの?かわいそうだから?」
なるほど、かわいそうだからというのも一つの理由であろう。
良いメードとドライバーに巡り合えば、フィリピン生活は天国である、とも云われる。それだけ、この国における私たちの使用人への依存度は高い。とりわけ、過去に使用人に騙されたり、ものを盗まれたり、クルマをぶつけられたりなど、ひどい目にあった経験のある日本人には、愚直な使用人や機転の利く使用人に出会った喜びは格別である。
そんな良い使用人に恵まれ、不安だった子育ても一緒にやり過ごし、快適なフィリピン生活を全うした駐在員の唯一の心残りは、帰国後の使用人の処遇である。帰国後は連絡さえとれなくなるであろう。退職金はそれほど包めるわけでもない。世話になった感謝のしるしに、してあげたいのが彼らの就職先探しである。
普通は後任者に使用人を受け継いでもらうことになる。しかし、後任がいなかったり、後任が単身赴任で使用人が不要な場合、掲示板に「良い使用人いりませんか」の告知が貼られるわけである。
張り紙をする彼らの気持ちは、「これまでのありがたい恩に対し、少しでも報いてやりたい」というものであろう。
得てしてエコノミックアニマルとかウォーカホリックという不名誉な称号を受けやすい企業駐在員がちらりと見せる日本人の良心である。「旅の恥は掻き捨て」とて、海外では何をやっても構わないと、日々をおくる不貞の輩がいる。私は、在外邦人のひとりひとりが自らも外交官であり、日本人の代表者であるという自覚をもって生きてもらいたいと思うし、自分もそうありたいと念じている。