一念発起とはまさにこのことをいうに違いない。
私のゴルフはいつもフィリピン人とラウンドするために習ったゴルフだと皆に言っている。そろそろあまり足を引っ張らずにゴルフができるようになってきた。フィリピン人のゴルフ仲間もできた。でも仲間に入れないことがわかった。なぜならフィリピン人は私と二人のときは英語で話すけれどももう一人フィリピン人が加わるとそこからタガログ語の会話になってしまう。なるほど、フィリピン人は英語の達人だが、英語はあくまで「よそゆき」の言葉なのだ。英語を話していては彼らはお互い打ち解けられないのである。そしてタガログ語を話せない限り、私はいつまで経っても、永遠に「客人」。決して「仲間」になれないということがわかった。せっかくゴルフを覚えたのにこれでは当初の目的が達成できないではないか。
それで一念発起である。
「タガログ語を勉強しよう」
そこで今年前半の抱負はタガログ語の達人になること。一般のフィリピン人よりうまいタガログ語の使い手、つまりタガログ語族にはかなわなくてもビサヤ、ミンダナオ、イロカノ族なんかには負けないタガログ語スピーカーになることに決めたのである。そして、同じビルに川村先生という日本人がやっている語学教室にタガログ語教室を開設してもらって、そこでセミプライベートレッスンでタガログ語を勉強している。私の嫁さんはフィリピン人でタガログ語は当然できるのだが、やはりきちんと机の前に座して、姿勢を正して学ぶこと。それが上達への近道である。半年後の自分はきっと素晴らしいタガログ語の使い手になっているに違いない。
えっ、ただの初夢?
私のゴルフはいつもフィリピン人とラウンドするために習ったゴルフだと皆に言っている。そろそろあまり足を引っ張らずにゴルフができるようになってきた。フィリピン人のゴルフ仲間もできた。でも仲間に入れないことがわかった。なぜならフィリピン人は私と二人のときは英語で話すけれどももう一人フィリピン人が加わるとそこからタガログ語の会話になってしまう。なるほど、フィリピン人は英語の達人だが、英語はあくまで「よそゆき」の言葉なのだ。英語を話していては彼らはお互い打ち解けられないのである。そしてタガログ語を話せない限り、私はいつまで経っても、永遠に「客人」。決して「仲間」になれないということがわかった。せっかくゴルフを覚えたのにこれでは当初の目的が達成できないではないか。
それで一念発起である。
「タガログ語を勉強しよう」
そこで今年前半の抱負はタガログ語の達人になること。一般のフィリピン人よりうまいタガログ語の使い手、つまりタガログ語族にはかなわなくてもビサヤ、ミンダナオ、イロカノ族なんかには負けないタガログ語スピーカーになることに決めたのである。そして、同じビルに川村先生という日本人がやっている語学教室にタガログ語教室を開設してもらって、そこでセミプライベートレッスンでタガログ語を勉強している。私の嫁さんはフィリピン人でタガログ語は当然できるのだが、やはりきちんと机の前に座して、姿勢を正して学ぶこと。それが上達への近道である。半年後の自分はきっと素晴らしいタガログ語の使い手になっているに違いない。
えっ、ただの初夢?