ここ数年の間に私は4名の知人や友人を心筋梗塞で亡くしている。
50代に彼らを襲った突然の死は、彼らの夢を砕き、彼らの家族たちを失意のどん底に叩き落したことであろう。
よくいう「道半ばにして」倒れた者たちはさぞかし無念であったろう。
私の場合、仕事が遅いのか毎日が不完全燃焼である。いつも無念の気持ちを抱きながら帰路に着く。そこで交通事故にあっても、突然心臓麻痺に襲われても、間違いなく私はいつも無念のまま、死を迎えるのである。これではかなわん、かなわんなと思っていた。
でも今日、いつものように帰路を走行中、はたとあることに気づいた。
不完全燃焼、遣り残した仕事があること。それはとってもいいことではないか。少なくともやるべき仕事が残っているということは、自分がこの世に必要とされているということのあかしではないか。
私にはやりたい仕事、やらなければならない仕事がまだいくつも残っている。あれもやらなくてはいけない。これもやらなくてはならない。ああ、時間が足りない。
しかし、私は今日気づいた。
「遣り残した仕事がある者は幸いである。少なくともその仕事はいつも君の訪れを待っていてくれていたのだ。君がそれに取り組む意欲を持ち続ける限り、仕事は常に君の眼前にあり続けたのだ。一方で、達成の喜びとはえてして一瞬にして、実にはかないものだ。達成前の中途にいる君は決して宙ぶらりんで不完全な存在ではなかった。君は最後の瞬間まで、獲物を狙う豹のごとく、精悍で逞しい存在であり続けたのだ」
50代に彼らを襲った突然の死は、彼らの夢を砕き、彼らの家族たちを失意のどん底に叩き落したことであろう。
よくいう「道半ばにして」倒れた者たちはさぞかし無念であったろう。
私の場合、仕事が遅いのか毎日が不完全燃焼である。いつも無念の気持ちを抱きながら帰路に着く。そこで交通事故にあっても、突然心臓麻痺に襲われても、間違いなく私はいつも無念のまま、死を迎えるのである。これではかなわん、かなわんなと思っていた。
でも今日、いつものように帰路を走行中、はたとあることに気づいた。
不完全燃焼、遣り残した仕事があること。それはとってもいいことではないか。少なくともやるべき仕事が残っているということは、自分がこの世に必要とされているということのあかしではないか。
私にはやりたい仕事、やらなければならない仕事がまだいくつも残っている。あれもやらなくてはいけない。これもやらなくてはならない。ああ、時間が足りない。
しかし、私は今日気づいた。
「遣り残した仕事がある者は幸いである。少なくともその仕事はいつも君の訪れを待っていてくれていたのだ。君がそれに取り組む意欲を持ち続ける限り、仕事は常に君の眼前にあり続けたのだ。一方で、達成の喜びとはえてして一瞬にして、実にはかないものだ。達成前の中途にいる君は決して宙ぶらりんで不完全な存在ではなかった。君は最後の瞬間まで、獲物を狙う豹のごとく、精悍で逞しい存在であり続けたのだ」