日本

何年ぶりかで日比ビジネスクラブ講演会を開催した。

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  マニラ新聞元編集長、元共同通信記者、ジャーナリストの石山永一郎氏による

   「ルフィーの闇、フィリピンの輝き」

という、日本で話題になった日比両国を股にかけた特殊詐欺及び暴行殺人事件について、貴重なご講演をいただいた。  

 確かに失われた30年の間にガラバゴス的発展を遂げる特殊詐欺の手口のありようと、一方で、年率7%を超える速度で高度成長中するアジアの昇り竜、フィリピンの経済社会との対比は、パンデミック前は、年に十回以上日比を行き来していてその様子を観察していた自分には、感じ入るところがあった。

  とはいいながら、実は、問題はそこにはなかったのである。  

 講演中は、モニターへのAIRなんたらでの映し出していたレジメは、接続の不良でプツプツと途切れて、幾度となく接続のやり直しを余儀なくされていたし、導入したばかりの音響機器の調整不足もたたって、何年かぶりの講演会は、ちょっと散々で、講師にもご迷惑をおかけした。

 何せ、主催者の私がとても集中して聴ける状態になく、講演後に参加の皆さんからの率直な感想をお聞こうと思っていたのが、そのアンケートの実施もネットの接続不良で潰えたのだった。

 極めつけは、受付の妻(フィリピン人)が自己の登録するSNSを、講演直前に何者かにより乗っ取られたこと、講演が終わる頃には、義理の兄弟や私たちの従業員が、妻からのなりすましメッセージにコロッと騙されちゃったこと、そして、それぞれ数万ペソという(質素な私たちには)大金の振込み詐欺被害に遭ってしまうとという(自分には)前代未聞の事件が、講演会の裏で勃発していた、のである。

  講演が終わると同時に、携帯電話を握りしめた彼女が脱兎のごとく歩み寄り、私のI-Padを掴んでの「アカウント取り戻し作業」。そして私もただただその支援に振り回されて、せっかく集まった参加者とその後の懇親会で歓談する時間もなく、結果、お帰りの際に一言挨拶を交わすのがやっとという哀れな有様になってしまったのである。

  しかし、待てよ、ものは考えようだ。

  そうだ、それって、すごいことではないか。

  なにしろ「振り込め詐欺」についての講演会中に起きた「振り込め詐欺事件」なのである。

  実に「大胆不敵な犯行」と言えなくはなかったか。

  そうだ、懇親会の最中に、立ち上がって、「振り込め詐欺」の二重奏を語るべきであったのではないか。

  というのは冗談で、まあ、なんだろう。実に「間抜け」な出来事だった。冷静になって昨日のことを振り返ると、私の一生で、偶然とはいえ、こんな間抜けな二重奏は、これまでになかったような気がする。

  そうだ、この日は、我が人生で、この久々のブログにも特筆すべき、散々な一日であったのだ。

  と久々のブログに書く、私であった。
 
 

340 大津の中学生自殺事件に思う

大津の中学2年生男子自殺事件について、遺族が市や加害者を相手​取り損害賠償を求めている件。

損害賠償請求額がちょっと尋常でな​いななんて思いながらも静観していたが、今日、両親が事故調査第​三者機関に某大学教授を推薦するという報道を聞くにいたって「こ​れは違うぞ」と思うようになった。

加害者たる生徒、いじめを放置​した教師、学校、教育委員会、市などに責任があることは明らかだ​。しかしである。皆黙っているが、いじめに気づかなかった「親」に監督​責任はないのか。

子どもは毎日家で寝起きをし登下校してきたわけだ。​それだけ一緒にいながら自殺するほど追い込まれている子どもの変​化に「親」が気づかないなんてことは許されない。だいた​子どもは友人や教師に自身へのいじめについて相談しているのにな​ぜ親に相談していなかったのだろう。

もしかして、親子間に対話が​なかった、信頼関係が成立していなかったということなのか。どう​考えてもおかしい。そもそも8時間程しかいない学校などに責任があるのなら、生まれた​ときからずっと、そして中学生になっても12時間も一緒にいる肉​親のその何十倍もの責任を負っている。

誰もいわないので私が言おう。

「​親は監督責任を怠り、子どもを自殺に追い込んだのだから、学校や​地域の責任を問う資格はこれっぽちもない。損害賠償でお金をもら​う資格なんかない。そんなことしても子どもが生き返るわけではな​い。加害者の生徒は未成年だから仕方がないが、死んだ子どもの親は子どもを見殺しに​した罪で投獄でもした方がいい。そして今後は「子の​親になる権利」を剥奪をすべきだ。それでないと自殺した子どもが​浮かばれない」

今回、自殺した子どもの親が自分だったらどう​するだろう。とりあえず、加害者の子どもとその親をぶん殴って、​教師と校長をぶん殴って、傷害罪で捕まって、刑期をおさめたあと​自害する。

でも自分の子どもに自殺なんか絶対させやしない。

いじめはあって当たり前だ。どんな小さな集団でも主権争いが起こるし、弱い者に対するいじめも起こる。ごく普通のことだ。問題は今回のように度を越えたいじめで取り返しの付かないことにならないよう大人、特に親がよく子どもを見守ることだ。

334 日本の鉄道ホームには転落防止柵を設置すべきである

 NHKをみていると10年前、東京新宿区のJR新大久保駅でホームから転落した男性を助けようとして死亡した日本人カメラマンと韓国人修就学生の美談が改めて紹介されていた。

 20年以上も前、電車のない沖縄からのこのこ東京に出てきた琉球人の私は、列車のホームの端にはできるだけ近づかないようにしていた。それこそ誰かに突き飛ばされたとしても大丈夫な位置にいるように心掛けていた。もちろん、順番待ちで並んでいるときにも必ず二番目以降に立つようにしていた。しかし、今から思えば友人と一緒のときなど気が緩んでいるときもあり、その方針が徹底していたとはいえない。浪人から大学卒業まで、また就職中の4年間、ほぼ毎日列車を使用していたが事故にあわずに済んだのは運が良かっただけといえなくもない。

 急行列車が高速で通過するとき、ホームの強風にあおられ恐怖を感じるのは私だけではあるまい。極端な話だが、通勤・通学に電車を利用する人物を殺したいなら、ホームから突き落とすのが手っ取り早いと断言できる。

 例えば、香港の地下鉄では全てのホームに転落防止柵が設けられている。私にすれば、当たり前のことである。しかし、日本では、

 1)金が掛かる 
 2)開閉装置の故障でダイヤが乱れる 
 3)車両によりドア配置が異なるため実用的でない

という概ね3つの理由により、ほとんどの路線で導入が見送られている。

 ひとの命よりまず「効率優先」という日本人の性格が透けて見えてくる。
 
 命を大切にしない国は、中国や北朝鮮と同様、二流国だ。

 1)の金が掛かるのは詮なきことだが、2)開閉装置の故障でダイヤが乱れるという課題は、頭脳明晰な日本人のこと、開かないときは列車サイドから手動操作で開閉できるようにするなどで解決。3)車両毎にドア配置が異なるという点も、車両のドア位置を統一する多額の設備投資をする前に、防止柵の何箇所にもドアを設けることにより対策は十分可能。技術立国の日本では、意思さえあればできないことなど何もない。

 決して田舎も含め全てのホームに転落防止柵をつけろと極論を言っているのではない。世界一乗降客の多い新宿駅を筆頭に全国主要駅に限定してそれをつけろと言っているのである。

 さて財源をどこに求めるかという点だが、

 例えば、新任の財務大臣が嬉しさの余り、一度やってみたかった程度の安易な気持ちで為替安定策と称して介入に注ぎ込む巨額の外貨があるのなら、実質的価値のある米国政府所有の不動産を安く買い叩いた方がはるかに有意義であるのと同様、

 内需拡大のための予算があるなら、「日本国の質を向上すること」に寄与するこのような投資のために優先的に使用すべきだ。

 要は国会で「主要駅ホームに転落防止柵設置を義務付ける法律」をつくって、政府がその実施のための資金を鉄道事業各社に低利で融資すれば良いだけのことだ。



 

332 アル中とネット中

Desktop computerアル中はアルコール依存症だが、ネット中、つまりインターネット依存症が社会問題化していることは知らなかった。

私は自宅に帰るとネットで日本のTVで放映されたアニメを見るのを日課にしている。
ここ数日、契約しているインターネットの回線があまりにも遅いので、PLDT電話局に苦情の電話を掛けた。
すると回線のスピードチェックをさせられて、結果は0.05M。あまりの遅さに電話の向こうの担当者も絶句していた。
おとといのことである。

今朝、4時に目が覚めてパソコンに電源を入れ、新聞や自分のホームページに目を通していた。

実は、昨晩、カラオケで女性17名(その時間の店の子の半分くらいだっただろうか)をはべらせて大騒ぎをしたことを思い出した。とにかく店の綺麗どこの女性を全員指名して2時間ほど拘束する。すると後から来たお客が自分の1番のお気に入りどころか、2番手も3番手も、合計20人近くがたった二人の男性客に占拠されていることに気づくのである。その全員にジャンケンをさせて勝った子にチップをあげるというゲームをさせるので、このテーブルだけ異常にもりあがっている。

ねたましいだろう。私も自分がそのような目にあったとき、帰りたくなるというか、その身勝手なお客が早く帰らないだろうかと神にお願いしたくなるだろう。その羨望とや妬みといった視線を浴びながら大酒を飲むのが痛快なのだ。

日本でこんなことをするととんでもないお金が掛かると思うが、ここフィリピンではそれをやっても2万ペソ(4万円弱)くらいのもの。日本ではなかなかできないこの遊び。ぜひお試しあれ。

さて、本題にもどろう。自分は大酒を飲むといつもならパソコンに向かうところ、夕食を食べるとさっさと寝床に入ってしまう習性がある。でも5時間以上は睡眠をとれないのもまた習性なので、目が覚めたら4時だったわけである。

で、インターネットで久里浜アルコール症センターというところの記事を目にしたわけである。
この久里浜の病院は国立で、主にアルコール依存症の人間を治療することを目的に設立されたもののようだ。そこで、インターネット依存度テストというものがあって、自分もやってみると予想通りの高得点で「インターネットがあなたの生活に重大な問題をもたらしています。すぐに治療の必要があるでしょう。」との診断である。

久里浜病院のホームページでは「アル中」、「認知症」に並んで、ネット依存治療部門というボタンがあり、私ははじめてアル中だけでなくネット中も立派な社会問題として顕在化していることを知ったわけである。

まあ、光通信やADSLなどインターネット接続契約を打ち切れば、ネット中毒など木っ端微塵だと思うので、医師による治療など余計なお世話だとも思うのだが、私と同様のアル中+ネット中の合併症の方の場合、ぜひこの久里浜病院で診てもらったらよい。両方同時に治療できるの交通費と時間が節約できる。

227 少子化大臣

 「少子化大臣」。

 社民党の福島瑞穂党首が勤めるこの役職名は私にはたいへん耳障りな言葉である。

 そもそも官民を問わず省庁名、役職名たるもの、目標や希望を冠すべきもので、それが「少子化相」では中国の一子制度のような、まるで少子化を推進する局のように聞こえるのである。

 もちろん、少子化対策なのだろうが、マスコミも平気でこの「対策」という語を略して「少子化大臣」「少子化相」と呼称してて、それに対し、福島大臣も何の違和感も抱いていないご様子。

 私ならこの「対策」という語は絶対にはずすなとメディアにも指示をするし、それどころか「増子化相」と言い換えるべきと主張するだろう。

 そして、福島瑞穂女史が「産まない選択―子供を持たない楽しさ」という書を著していることから、まさにブラックジョークなのである。

 社会を維持発展させるうえで健全な人口年齢構成は極めて大事なことである。この国家の一大事を仕切るのがこの「少子化相」では、日本の凋落はやむをえないなと感じるのである。

 
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